2020年4月、山形県みらい企画創造部長に、財務省からの出向者が着任した。
財務省からの出向と聞き、お堅い官僚の方かとやや身構えて取材に臨んだところ、見事に予想を覆された。
一見、ザ・エリート官僚という雰囲気はあるものの、そのイメージとは裏腹に気さくでノリの良い、破天荒な方だった。
今回のやまがたで働く人
小林剛也(こばやし ごうや)さん
早稲田大学政経学部卒。2003年、財務省入省。主税局、理財局、主計局、大臣官房のほか、現・復興庁や国税局(熊本)、欧州復興開発銀行(ロンドン)、在ドイツ日本国大使館(ベルリン)での勤務経験を持つ。公務の傍ら、日本とドイツのスタートアップエコシステムを繋ぐ『日独スタートアッププラットフォーム』の創設にも携わり、『スマートニッチ友の会』の企画も行う。趣味は釣り。将来は熱帯魚を鑑賞できるバーでピアノを弾くのが夢。今年4月に山形県みらい企画創造部長に着任。
山形県の部長がYouTuber?!
小林部長について最初に耳に入ってきた情報は
「ストリートピアノを弾いて、それをYouTubeにアップしているらしい」
ということである。
それは、いったい山形県の政策とどのような関係があるのだろうか?
ネットでいろいろ調べてみたが、手がかりはつかめない。真相を確かめるべく、私はインタビュー冒頭で確認した。
「ストリートピアノは、県の政策とどのような関連があるのですか?」
「いや、ただの趣味です。」
趣味かーい!
しかし、なぜ、中年サラリーマンが(失礼)、いきなりストリートピアノを始めたのだろうか?
「2年前、六本木のワインバーでグランドピアノの生演奏を聴いたんですよ。それがすごく良くて、自分も弾いてみたくなったんです。翌日、娘が通っている近所のピアノ教室に申し込みました。」
なんという行動力!
「思い立ったら即行動するタイプですね。」
即も即。金曜日の夜にピアノを弾きたいと思い立ち、土曜日の朝、庭先を掃除していた先生に向かって「入門します!」と声をかけたというのだから、先生もさぞかし驚かれたことだろう。
「2年間、家族の誰よりも熱心に練習している」という小林部長。
その腕前がコチラ。(選曲が渋いです。)
中年公務員、木曜日は体力の限界?カメラマンは大焦りで山形弁丸出しだった件
「聴かせる曲を弾きたいんですよ。今、持ちネタは4曲あります。」
と、ニコニコ話す小林部長。実に楽しそうである。
ストリートピアノは、今年、山形に来てからはじめたという。山形市七日町にある富岡楽器の富岡さんが以前からストリートピアノをやっており、ある日それを見に行った小林部長は富岡さんとすぐに意気投合。そのまま飲みに行ってトントン拍子に話が進んだという。YouTubeの動画作成は富岡さんの手によるものだ。
ストリートピアノは、今、Youtubeには各地でさまざまな人が演奏する様子がアップされており、ときには長い行列ができたり、アーティストのライブさながらの人だかりができるなど、全国的にちょっとしたムーブメントになっている。
小林部長も趣味と言いつつ実は、ストリートピアノの盛り上がりが地域活性化につながる側面もあると考えている。
「若者が県外へ流出する理由の1つに、地域に魅力的なキラキラした仕事が少ないのでは、ということを聞いたことがあります。地元に残ってもらうためには、若い人たちが楽しめる文化的な要素が必要なんです。出羽三山など深遠な文化と共に、カジュアルな文化も共存した地域になると面白いかも知れません。
ストリートピアノが盛り上がって、いろいろな人が注目するようになれば、それが狼煙となって人が集まってくるのではないでしょうか。
はじめたきっかけは個人的な理由ですが、地方創生の仕事にも関わってくると思っています。」
なるほど。確かに、ストリートピアノに興味を持つ若者は多い。
そして、小林部長はこの企画を通してすでに山形で多くの仲間ができている。それにしても、地域に溶け込むスピードが早い。
――まだ山形にいらして数ヶ月とのことですが、いろいろな人とつながっていらっしゃいますよね。
「人と人をつなぐのが好きというか、趣味でもありますね(笑)。」
――地域の中に入っていくときに心がけていることはありますか?
「まっさらな目で見るということでしょうか。先入観を持たずに、自分で感じたことを大事にしています。」
――山形県はよく閉鎖的だと言われますが…。
「そんなことはないと思います。外部の人に対してもオープンだし、いい人が多いですよ。僕から見たら斬新だったり、まったく保守的ではないのに、その自覚がない(笑)。閉鎖的というのは、ただの思い込みではないでしょうか。」
(みらい企画創造部ではワーケーションにも取り組む)
――これまで小林部長はどのように地域と関わってこられたのですか?
「1年間で30都道府県ぐらいまわって各地の地方創生をお手伝いをしました。プライベートではスマートニッチ応援団(※)の仲間と『奇跡のラストワンマイル』というプラットフォームをつくり、 “サプライチェーンチャレンジ”というYou Tubeの動画配信をやりました。これは、製造業におけるサプライチェーンの“見える化”で、産業の新結合をサポートするものです。
コロナ禍で海外の工場での生産がストップし、日本に製品が届かない=“ラストワンマイル”がつなげないという問題が発生しましたが、日本国内にもさまざまな技術や工場を持つ企業があるわけですから、そういった事業者同士がつながればいいんじゃないかと思ったんです。ただ、中小企業の経営者はデジタルマーケティングなんて自分たちにはできないと思っている人が多い。それを覆すために始めたのがサプライチェーンチャレンジで、事業主がスマホで撮影した2分間の企業PR動画をアップするというものです。
※スマートニッチとは、小林部長が考案した造語で(スマート=賢い、自律的に動く)+(ニッチ=大小問わず世の中の需給のスキマ、ブルーオーシャンの余地)の意。企業・プロフェッショナルに関する新たな主観概念としての提案。スマートニッチ友の会は、日本各地、世界各地のスマートニッチ同士で交流を深め、希望の持てる社会をつくろうという思いで活動を行っている。
――スマホで2分の動画なら、チャレンジしてみようかなと思いますね。
「ラストワンマイルをつなぐためには、敷居をできるだけ低くしないといけないんです。もし中小企業の社長さんがガラケーしか持ってなかったとしても、子どもや孫がスマホで撮影してあげるとか、近所の人が撮影してあげるなどして、今あるもので実現可能な仕組みを作ることが重要です。そして、動画の最後に入れてもらうメッセージは、メールアドレスやURLではなく、必ず『電話番号』を載せることこだわっています。HPやメールがなくても、電話さえあればつながれる。敷居を低くして多くの人たちをつなげる。それが奇跡のラストワンマイルなんです。」
――“敷居をできる限り低くする”という心配りは、現場の人たちの課題や本音を見事に掬い上げた非常に重要なポイントだと感じますが、その現場感覚はどこで培われたのでしょうか?
「仕事はつねに現場中心ですね。現場に出ないとわからないことも多いですし、いろいろな人と話す中で、みんなが何に困っているのか、何が問題なのか?ということがわかるようになってきました。
ただ、現場だけで完結するのではなく、それを論文やコンセプトにまとめて、汎用性のあるものにしていくという作業も必要です。」
――政府がデジタル庁の新設を進めていますが、山形県でも小林部長が旗振り役となって『Yamagata幸せデジタル化』有識者会議が発足しましたね。
「社会全体で急速にデジタル化が進んでいる中で、外部有識者の知見や社会実装の経験をもとにデジタル技術を活用して、県民の皆さまの幸せを実現するための助言や提案をいただくということを目的にしています。
お年寄りなどデジタル機器をあまり使えない人や、敷居が高いと感じている人でも使いやすい仕組みをつくり、みんなが恩恵を受けられるようにデジタル化を進めていくというのが山形県の方針です。」
(Yamagata幸せデジタル化会議の様子)
――デジタル化を進めていくうえでボトルネックになるものは何でしょうか?
「人々の意識だと思います。「できないこと」と「できること」があったときに、人はよく「◯◯がなければできない」と何かのせいにしがちですが、一番の問題はその意識なんです。できることに目を向けずにできない理由ばかりを探していたら、衰退していくだけですよね。
今あるものと組み合わせてできることを考え、それを伝えていくことが大切だと思っています。既存のデジタル技術をどう活用していくのか、活用できない人たちをどうするのかを考えていかなければならない。つまり、取り残される人をつくらないということ。それは、実は簡単なことで、隣の人が手伝ってあげればいいんですよ。」
――県外在住の方で、山形のために何かしたいと思っている人も多いのですが、そういう人たちはどのように関わるといいでしょうか?
「何より大事なのは、山形の友人を持つことですね。山形にハブとなるような人間関係のコミュニティをつくることです。『山形に行くとこういう人たちに会えるよ』とつないでいくことで、新たな人間関係やコミュニティが生まれると思うんです。『Yamagata幸せデジタル化』有識者会議が、今まさにそのハブとなるべく活動しています。
今後はさらにイベントを通じてつながりをつくることで、県外の方も山形のチャンスに目を向け、何らかの形で関わってくれればいいなと思います。」
――みらい企画創造部長という立場で、組織や人を動かすのは大変だと思いますが、人を動かすコツはありますか?
「僕は、“人を動かす”という考えはありません。一緒に“連携する”という感覚です。「動かす」というと、いかにも上から目線じゃないですか。でも、僕自身も山形県民、山形市民の一人なわけですから、皆さんとどうやって連携していくかが大事だと思っています。
同僚や部下とのコミュニケーションがうまくいかないときは、質問と対話を繰り返して、相手が本当にやりたいことは何か?を掘り下げて聞いていくことによって、相手が自分で何かに気づいたり、勝手に答えを見つけることが多いですね。そうすると、そこからどんどん自分で動いていくんです。」
――大きな目標を達成するために大切なことは何ですか?
「目標を細分化して、実行可能な具体的目標を一歩一歩積み上げていくことですね。目標は細分化していかないと全体像にたどり着かないので、ビジョンは大きく、目標は細かく。この2つの軸が必要だと思います。長期的な視点で取り組みつつ、まずは目の前の課題から解決していくことが大事ですね。
組織としては、政策を縦割りにするのではなく、横串で刺していく必要があります。大きなビジョンのもとで、一つひとつの政策を丁寧に解きほぐし、具体的な業務に落とし込んでいかなければならないと思います。」
――小林部長から見て、山形の強みはどこにあると思いますか?
「山形の強みは、文化的・歴史的な価値のあるリアルなコンテンツがあることだと思います。今の時代は、誰でも簡単にメディアになって情報発信できますが、これからは、『何を伝えるか』が大事になってきます。重要なのは、商品の良さや性能ではなく、そこにあるストーリーや歴史なんです。
伝統や地域、文化芸術を巻き込んだ本質的な価値創造を可能とする社会、それを僕は『高度付加価値社会』と呼んでいますが、それを目指していくことが大事だと思います。
山形が持っているコンテンツやストーリーとモノづくりの強みを掛け合わせて、現代のマーケティング手法で広めていくことができれば、さまざまなチャンスがあるのではないでしょうか。」
――山形の強みとチャンスを活かすために大事なことは何でしょうか?
「ビジュアライズとマネタイズですね。いくら良いものがあっても「見える化」しないとわからない。漠然としたイメージではなく、商品の価値を細分化して、それをひと目でわかるようにビジュアル化していくことが必要です。
そして、良いものを安売りするのではなく、その価値に見合った値段で売るということが大事だと思います。」
――ずばり、イノベーションの本質とは何でしょうか?
「“新結合”です。違うもの同士を掛け合わせて新しいものをつくる。たとえば、ドイツと日本のスタートアップをデジタルでつなげることによってイノベーションを起こすとか。
僕は、山形のものづくり企業である『株式会社IBUKI』がつくった、樹脂でできた割れないビアグラスを見て、ビールの本場であるドイツで売ったら面白いんじゃないかと思い、今、山形のグラスとドイツのビールのコラボを実現しようとしているところです。
いろいろなものをつなげていくことで、“地方×DX(デジタル・トランスフォーメーション)”という形で新たな地域活性化ができるのではないかと思っています。」
斬新な発想で次々と面白いことを仕掛ける小林部長。仕事はスマートかつスピーディでありながらも、人とのつながりを大切にし、本質的な課題を見抜いて相手と丁寧に向き合う姿勢に、信頼と親しみを覚えた。
イノベーションはすでに始まっている。山形は、これからさらに面白くなりそうだ。
つながり作ってみない?
「イベントを通じてつながりをつくることで、県外の方も山形のチャンスに目を向け、何らかの形で関わってくれればいいなと語る」小林部長が仕掛けるイベントが、11月からテーマを変えて3回行われます。第1弾は「介護・医療」。イベント詳細はこちら→https://mirailab.info/event/35310
県外在住のまま山形に関わる「山形チームメイツ」
山形県内の企業に、正社員ではない形で個人が参画する、プロジェクト型人材マッチングサービス『山形チームメイツ』で、山形に関わりませんか?山形チームメイツ詳細ページへ