ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

先日、とある集まりの中で、「人口減少とか少子高齢化に対し、危機感を持っている若い人が地域に少ないんだよなぁ~…」という会話を耳にしました。

僕はこれ、地域の若者に対する危機感の押売りだと思うんですよね。

人口減少、少子高齢化という行政的な数値は、遠い国のお話のように聞こえる。

「人口が減って、高齢者が増えていく。こんな今だからこそ、地域を盛り上げよう!」という社会的意義むき出しの論調は、誰もが賛同してくれる美しい言葉に聞こえるけれど、なんだか行動する気になれない…。

危機感を煽られても楽しくないし、危機感の押売りだなって思う。

市場化が進み、多くのムラ社会が崩壊しつつある一方で、自分の好きな場所で、好きな人と時間を過ごせるようになった。メンドくさいことが多いムラ社会の中に留まる必要もなくなった。たとえムラ社会に住んでいたとしても、勤め先は街場だし、休みの日も家でゴロゴロしたり、街場で友達と遊ぶほうが楽しいという若者もいるのもごく自然なことだと思う。

そんな時代背景で育った若者に対して「人が減っているから地域のために協力してくれ!」と言うのは少し無理がある。

そうじゃなく、地域に対して強い恩を感じるからこそ、「地域がヤバイから何とかしなきゃ…」という想いが内側から湧いてくるんじゃないかなって思います。

「地域に良くしてもらった…」という言葉にならない”恩”をもって、地域のピンチをよりリアルに感じられた…。

僕は、地域おこし協力隊として大鳥にきたけれど、地域の中で本当に役に立たないなと実感してきた。

地域の仕事はろくにできないし、ご飯もろくに食べず、夜更かしもして、よくよく朝寝坊をしていた…。地域の人からしょっちゅう「早く寝ろよ!」とか、「ちゃんとメシ食えよ。」と言われ続けていた。

「社会人としてクソだろ!」というレベル。

けれど今では、朝6時とか7時に起きられるようになったし、自炊するようにもなった。部屋もたまには掃除する。地域の仕事を頼まれる機会が増えるにつれて、朝から晩まで活動し続ける体力がついた。草刈りや雪囲いなどの仕事もできるようになった。自分で自分の暮らしを少しは創れるようになった。

最初の頃より少しは、地域の役に立てるようになったと思う。

考え方や死生観が変わったのも、大鳥のお陰。

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大鳥が僕を育ててくれた。

それに、今までに何度も何度もご飯やお酒をご馳走になったし、おすそわけをもらった。プレゼントをもらうこともあったし、田んぼ・畑仕事を手伝ってくれたりもした。

数え切れないくらいの”恩”を受けてきた。

地域おこし協力隊として大鳥にきた当初に、大鳥には人口が80人強で、高齢化率70%だということは知らされた。数値だけを見てもかなりヤバイ(消滅に近い)地域ですよね。

この現実は今でも変わっていないけれど、毎年のように地域の知っている人が亡くなるという現実を見てきて、大鳥にきた頃よりも2年経った今の方がよりリアルに、ヤバイと感じられている。それと同時に、「僕も少しくらいは地域のお役に立てればな…」と思うようになった。

その背景には、大鳥に育ててもらっている、生かされているという恩があるから。

偉そうなことは言えないけれど、地域の人が喜んでくれるような、一緒に楽しめるようなことが、この先もできればな…と思う。

終わりに…

今、地域で精力的に活動している人や、故郷に対して何かしたいと思っている人は、地域に対して何らかの恩を感じているんじゃないかなって思う。

地元で生まれ育った人もしかり、地域と関わって仕事をしている人もしかり、地域おこし協力隊にしかり。

お金を稼ぐとか、人を呼び込む活動は大事なこと。

そんな活動を支える、心の奥底から湧き出る原動力はきっと、散々お世話になった、育ててもらった『地域に何か返したい』『次に繋げたい』みたいな実体験にもとづいた想いなんだと思う。

そして今、地域の活力がみるみる弱まっていく姿を目の当たりにする中で、人口減少や少子高齢化という現実に対し、シビアに向き合えるんじゃないかなって思います。

遠い国の話ではなく、自分のすぐそばにある”地域”という現実世界の話として…。

せば、またの。

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田口比呂貴

ライター情報

田口 比呂貴

1986年生まれ、大阪育ち。法政大学を卒業後、電子部品メーカーに勤務。2013年から鶴岡市地域おこし協力隊として大鳥地区に移住。現在、マタギ見習...