ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

2014-11-24-01

協力隊になって1年半が経ちました。

大鳥に住んで、地域の人と一緒に企画したり、運営したり作業をしているだけなのに、今となっては凄く想いを寄せるようになった大鳥。

これは間違いなく、僕の心、感情の中に大鳥の人の顔が浮かぶから。

60歳を超えたおじいちゃん・おばあちゃんに囲まれ、考え方やジェネレーションギャップをめちゃくちゃ感じながらも、人としての温もりや生きる技を学ばせてもらっている。

僕は地域にとって何ひとついいことしていないのに、かまってくれて、教えてくれて、助けてくれる。

本当に日々、たくさんの人にお世話になっている。迷惑もたくさんかけていると思う。

怒られることもあるし、逆にブチ切れたくなることもある。笑

けれど、未だに大鳥に住みたい、残りたいという旗は倒れちゃいないし、倒す気もないのは、大鳥の人たちがいるからなんですよね。

そうやって心で想いを寄せる反面で、客観的に地域を見ている部分もある。

大鳥の高齢化率は70%。これは大鳥に来た当初からわかっていたことなのですが、一年前くらいにちょっと気になって人口構成を見て未来の大鳥の人口を計算してみたんですよ。

10年・20年・30年経ったらどのくらいの人が生きているのかな?って。

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2011年では98人の人口が2014年現在で90人弱になっています。

あくまで今大鳥に住んでいる人たちがこれからも住み続ければのお話ではありますが、平均寿命で計算すると、15年後は40人強になる。2050年頃になると10人いるかいないか…という人数もはや集落として存在するかどうかも怪しい。

大鳥の人は元気だから長生きしたとしても、いずれはいなくなるのだから、この計算は決して悲観的な数字ではなく、現実的な数字。

冷静に考えてみると、里山や離島というのはもともと、人が暮らすのに都合がいいから切り開いてきた土地なんですよね。身近なところに山や海があって、その恵みを一年通して受け取ることができる。だから何百年もの間、人が暮らしを営むことができた。

けれど、そんな暮らしが消滅しかかっている今になって「過疎だ!」「高齢化だ!」と叫ばれ、謎に危機が煽られているのだけれど、里山や離島がなくても暮らしていける環境があるから別に必要ないんですよね。

 

つまり、世の中から必要とされなくなったら無くなるのが自然だということ。

地方であればあるほど土着意識が強いので、過ごしてきた地域を残したい…という想いもあるかもしれませんが、残念ながら自然の論理には勝てない。

でも逆に、里山であれ、離島であれ、世の中から必要とされれば存続できていくと言うのは裏返しでもある。

10年後にあるかどうかわからない限界集落中の限界集落ではあるけれど、自分が大鳥に携わり続ける中で、数字で表われた未来が少しでも変わったらおもしろいな…。僕が大鳥に住み続けたい意義というのはこんな理論的な動機が割とあった。

けれど、つい最近大鳥の人たちと行ってきた研修の帰り道のバスの中、スゴく尊敬しているマタギの方からこんなお話があった。

「いつあの世にいくかもわからない年齢になった。大鳥にはそういう人が多すぎる。」「人口を維持しよう、増やそうなんていうのは正直言って難しい。そこに力を費やすのもいいかもしれないけど、それよりも日々、楽しく過ごせばいいんじゃないか。」

大好きなビールを片手に、酔っぱらいおじさんの戯言のような話しぶりだったけれど、僕の心にはズン…ときた。

そんなことは言われなくても地域の人たちの日頃の生活・行動を見ていてわかっていた。

明日死ぬかもしれないこと。だからこそただひたすらに毎日、楽しく生きようとしていること。地域づくりや地域おこしなんて抽象概念の旗を振るよりもずっと自分が楽しく、幸せに生きることが一番大切なこと。

だからこそ、地域に住んでいる人全員に社会的意義を振りかざして無理やり合意形成を計って事業をやることに魅力を感じないし、そうしたいとは思わない。やりたい人だけで始めればいいと思っている。

ただ、同じことを地域の人から言葉として聞いた時に、凄く刹那を感じた。

わかっているんだけどなんだか切ない。

言葉でうまく説明できないのですが、胸がキューってなる感覚。

自分のおじいちゃん・おばあちゃんが弱っていき、やがて亡くなる感覚に近い気がします。

だからこそ、自分のやりたいこと、大鳥地域でできること、社会が求めることの3つをやっていきたいと思う。

死に近い人を憂い、死から遠ざけることに懸命になるのもいいかもしれないけど、死ぬことは自然の摂理として受け入れるべきものであり、いずれは僕も同じ運命にある。

だから、やりたいように生きることが自分にできる、自分が幸せに生きる最良の手段なんじゃないかって…。

10年後、大鳥はどうなっているのか。僕が何かをして変わるのか、変わらないのか。そんなことはわからない。山形県の超僻地な場所にあるけれど、楽しく生き、活動しながら未来を地域の人たちと見ていきたい。

僕たちは生まれてから死ぬまでを歩き続けている。

人生の時間的長さは人によってさまざまで、長生きだとしても短命だとしても、後悔しないように生きたいよね。

それだけ伝えたかったです。

せば、またの。

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田口比呂貴

ライター情報

田口 比呂貴

1986年生まれ、大阪育ち。法政大学を卒業後、電子部品メーカーに勤務。2013年から鶴岡市地域おこし協力隊として大鳥地区に移住。現在、マタギ見習...