2016年夏、鶴岡に本拠地を移し活動を開始したベンチャー起業家、稲川琢磨氏。彼の立ち上げた株式会社WAKAZE(ワカゼ)は、日本酒を造り世界に発信していくメーカー。

稲川氏が目指すのは日本酒を世界中で飲まれる「世界酒」へと進化させること。

米どころ・酒どころ山形から日本酒業界の変革を仕掛る若き革命児とは。

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日本酒との出会いとWAKAZE立ち上げ

稲川氏は和歌山県出身、東京育ち。

大学在学中に2年間のフランス留学を経験し、様々な国の学生と交流してグローバルな感覚を養った。

大学卒業後は東京のボストンコンサルティンググループというコンサルティングファームに就職し経営コンサルタントとして働いていた。「特にやりたいことがなかったから」という理由で様々な業界を見ることのできるコンサルティングファームを選んだ稲川氏だが、就職して1年ほど経ったとき、たまたま入った寿司屋で日本酒との運命的な出会いを果たす。

「こんなにうまい日本酒があるのか、と雷に打たれたような気持ちになりました」。

「日本酒=悪酔いする酒」というそれまで日本酒に対して持っていたイメージが一気に吹き飛んだ稲川氏は、「こんなにおいしい酒を、なんとしても世界に広めたい!」という強い思いに駆られ、仲間を集めて”WAKAZE”としての活動を始めた。

 

鶴岡への本社移転とIターン

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「日本酒を世界酒へ」というミッションを胸に、稲川氏はボストンコンサルティンググループを退社し、2016年1月に「株式会社WAKAZE」を設立した。

そして同年6月、東京から山形・鶴岡に本拠地を移す。

出身校である慶應義塾大学とのつながりがきっかけで鶴岡を訪れた稲川氏だが、初めて鶴岡を訪れた際、直感的に「ここに来たい、来なくてはならない」と感じたという。

そしてWAKAZEの本社を鶴岡に移し、稲川氏自身も鶴岡に家を借りて鶴岡での生活を始めた。

「鶴岡の人たちはいい意味でお節介ですね。」

そう語るように、鶴岡での生活では地元の人たちに支えられた。

鶴岡での生活を始めた当初は、車もなく自転車であちこち走り回っていた稲川氏だが、車での移動ができず困っていた時に手を差し伸べてくれたのが当時行きつけだった駅前のバーの店長だった。その手助けがのちにWAKAZEの事業を大きく前進させるきっかけにもなった。さらに住む場所を探していた際には、鶴岡市役所で移住支援をしていた方の尽力のおかげで、すぐに住まいをみつけることができた。

 

鶴岡で生まれたフラッグシップブランド「ORBIA(オルビア)」と全く新しいSAKE「FONIA(フォニア)」

鶴岡で本格的に始めた日本酒事業の中で、WAKAZEを代表するブランド「ORBIA」が生まれた。「日本酒を世界酒へ」のミッションを達成すべく「洋食ともペアリングできる」をコンセプトにしたこの日本酒は、ワインで使用したオーク樽で熟成させることが最大の特徴。誕生するまでには、数え切れない試行錯誤があった。

海外から小さな樽を取り寄せその中で熟成させたり、オークチップを漬け込んだ酒を部屋中で仕込んだり、鶴岡の家でたくさんの実験をしたが、どれもまずいものしかできなかったという。そして稲川氏がたどり着いた答えが「ワインで使用したオーク樽」。その後は樽の調達に奔走した。

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そして最も重要な委託先の酒蔵探し。

WAKAZEは自社の酒蔵を持っていない。現在の酒税法では新規に酒蔵を設立することが事実上不可能であるため、「委託醸造」という形をとり、既存の酒蔵に製造を委託するモデルをとることになる。

実績のないベンチャー企業の、チャレンジングな酒造りに協力してくれる酒蔵は少ない。パートナーとなり共にチャレンジをしてくれる酒蔵を求め、走り回った。最終的に鶴岡の渡會本店と千葉県いすみ市の木戸泉酒造が製造を請け負ってくれることが決まった。渡會本店は、車がなかった稲川氏の足となり手助けをしてくれた行きつけのバーの店長が連れていってくれた酒蔵でもあった。

酒蔵探しが困難を極めたのは「FONIA」開発でも同様だった。

「FONIA」は日本酒の発酵段階で柚子や山椒、生姜といった和のボタニカル素材を投入しフレーバーをつける、全く新しいお酒。そんな酒造りの経験のある酒蔵はまず存在しない。パートナー探しで酒蔵を周り訪問、プレゼンを繰り返したが、最後の最後まで協力してくれる蔵が見つからなかった。

そして、いよいよFONIA開発開始が危ういのではないか、というときに出会ったのが、酒田の「オードヴィー庄内」という酒蔵。前例のない挑戦に一緒に挑むこととなったこの酒蔵で現在、「FONIA」の初めての仕込みが行われている。(2018年1月現在)

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稲川氏、そしてWAKAZEのこれから

現在WAKAZEは社員3名で活動している。

主な活動は委託醸造でつくった自社ブランドの販売で、海外にも積極的に展開。海外営業は稲川氏が一手に引き受け、鶴岡、東京、そして海外を行き来する生活を送っている。

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だが、稲川氏が構想するWAKAZEの今後の展開はこれだけに止まらない。

「将来的にはフランスに酒蔵を持ちたいと考えています。その前に東京で自社直営の飲食店を開き、WAKAZEの日本酒、そして地元山形の魅力を発信していく拠点としたいと思っています。」

日本酒が世界中で飲まれるようになるためには、世界中で作られる必要がある、と考える稲川氏にとって海外での酒蔵立ち上げは大きな意味を持つ。

そして、日本酒の魅力と可能性、さらには稲川氏とWAKAZEを育ててくれた山形・鶴岡の魅力を発信する基地として東京都内に直営の飲食店を構える方針だ。

「WAKAZEの事業はこれから世界に向け展開していきます。そのためにはまだまだたくさんの人たちの協力が必要です。これからも仲間、パートナー探しは続きますね。」

稲川氏、そしてWAKAZEの鶴岡から世界に向けた日本酒革命への挑戦はこれからが本番だ。

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