こんにちは。株式会社キャリアクリエイトの佐藤です。

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山形の「攻めの会社」教えます」のコーナーでは、働く人を応援する株式会社キャリアクリエイトが、いつかは山形に戻りたいと考えているビジネスパーソンの皆さんに向けて、魅力的な山形の企業の姿を紹介しています。

今回お邪魔したのは、米沢市で400年以上の歴史を持つ日本酒「東光」の醸造元である株式会社小嶋総本店(こじまそうほんてん)さんです。

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2015年に30代の若さで社長に就任された小嶋(こじま)健市郎社長は、県外での就職を経験したUターン経験者。Uターン経験者が、地元に帰ってきてどんなことを感じたのか、経験が実際どんな風に活かされているかということは、皆さんもとても感心があるのではないでしょうか。

そこで今回は、大企業や国外での経験を持つ小嶋社長が、歴史と伝統ある酒蔵の経営にどう取り組んでいらっしゃるか知りたくて、今後の戦略やビジョンを伺ってきました。

 

 

創業から約420年、上杉家の御用酒屋の歴史をもつ「小嶋総本店」

中央に毛筆が凛と据えられた、シンプルなラベルが印象的な日本酒、東光。安土桃山時代の慶長2(1597)年に創業し、約420年もの酒造りの歴史をもつ小嶋総本店の代表的な銘柄です。上杉景勝公が米沢に入部してからは上杉家の御用酒屋として、24代の永きにわたり、日本酒の醸造技術を受け継いできました。

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勤続40年以上の地元社員がいる一方で、東京出身の新卒社員も一緒に働くなど、多様な顔ぶれの酒蔵内部を見学させていただくと、スタッフの誰もが大きな声であいさつをしてくれます。

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年初の新酒シーズンへ向けて、すでに今年の仕込みもスタートしていると話すのは、社長の小嶋健市郎さん。蒸し米と麹、水、さらに酵母が加わったタンクのなかで、日本酒造りのもととなる酒母が順調に発酵している様子を、丁寧に説明しながら見せてくれました。

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佐藤:米沢に戻ってきて、こちらの家業の酒蔵に入ったのは2011年と伺いました。

小嶋:そうですね。大学を出たあとは、東京の大手消費財メーカーでマーケティング業務に携わり、そのあとアメリカの輸入卸などで働いて、そして地元に戻ってきたのが2011年ですね。

佐藤:戻って来られたときの地域や酒蔵への印象は、いかがでしたか。

小嶋:そうだなあ、もう5年以上前ですね。どう思ったかなあ。酒蔵に関しては、改善できそうなことや、自分にできることがあるかもしれない、という印象ではありましたね。

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ただ、お酒そのものの味はよかったですし、評価もいただいていたので、売り方でもっと工夫ができるのではないかなと。僕はもともと技術者ではなかったので、自社の日本酒をお客様にどのように手に取ってもらうかということに、この5年間はずっと力を入れてやってきました。

現在、年商もベースアップして安定してきたので、一定の成果は出たと思います。今後はお酒そのもののクオリティーをさらに上げて、次の段階を目指そうという時期ですね。

 

 

モノとお金だけではない、特約店とのお付き合い

佐藤:まずは売り方の工夫に取り組まれたのですね。銘柄によって、流通の仕方も異なるのでしょうか。

小嶋:当蔵の代表的な日本酒である「東光」は、基本的に問屋さんを経由して、地元の酒屋さんや、東京都内の百貨店、スーパーマーケットなどに並ぶ商品です。輸出も十数ヶ国に向けて行っているので、お客様はとても幅が広いですね。

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最近は日本酒のコンテストにもいろいろと出品しており、先日も国際的な日本酒コンテストである「第10回インターナショナル・サケ・チャレンジ」において「東光純米大吟醸袋吊り」が金賞を受賞するなど、幸いにもここ数年で様々な賞をいただいています。賞をいただくことで、売り場に並ぶたくさんのお酒の中から、初めての方に手に取っていただけるきっかけになっているかなと思います。

一方で、もうひとつの看板ブランド「洌(れつ)」の商品は、地酒専門店との特約店流通のみになります。

 

佐藤:お付き合いする特約店は、何か基準のようなものがあるのですか。

小嶋:一番大切なのは、長期的にお付き合いできるパートナーになれるかどうかです。もちろん、保管環境やお酒に対する考え方など、必ずお聞きする内容はあります。けれど、事前に用意した基準をチェックしていくというよりも、直接顔を合わせて伝わるものの方が大切だと考えています。

お互いに対等な立場で向き合って、「では、やりましょう」となれば、中には「一生のお付き合いがしたい」と言ってくださるところもあるんです。お互い年齢が近かったりすると、本当にそういう気持ちでスタートすることになりますね。

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お酒や蔵そのものを見て、ご自身の考えで扱いたいと言ってくださっているかどうかは、直接お会いすれば自然と伝わってくるものなんです。それに、そういうお店ほど、必ず酒蔵まで足を運んでくださいます。ですから私たちも日本全国の特約店へしっかり伺うようにしています。

特約店としてお取引するということは、お店と蔵とのお付き合いをするということなので、モノが動いてお金が入ればそれでいい、という商売ではないということですね。

 

 

僕たちは、海外専用のお酒は造りません

佐藤:9月11日には、蔵開きもありましたね。

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小嶋:これは2012年から始まったので、今年が5回目になります。こちらに戻ってから「蔵開きもやったらいいんじゃないか」と提案してみたのですよ。全社員で準備してイベントを立ち上げるのに要するエネルギーからいくと、正直商売としては成り立たないと思います。けれども、みんなでひとつのことをやり、お客様を直接お出迎えして楽しんでいただくという意味で、支えていただいている地域の方々のお顔も見れますし、実際にみなさんがお酒を召し上がる場面も見ることができますので、意味のある取組みとして続けたいなと思ってやっています。

実は、蔵開きをスタートした当初の意図としては、地元で親しんでいただいている廉価なタイプのお酒だけでなく、しっかりとしたクオリティー志向の酒造りについても、もっと知っていただきたい思いがありました。

 

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日本酒業界は、戦中・戦後の物不足の時代にそれまで続けてきた品質追求を一旦横に置き、物量を第一に求められるようになりました。それによって「たくさん造れて、飲みたい人に行き渡る」ことを重視した産業へと国の方針も切り替わりました。それがちょうど私の祖父の時代のことです。戦地から生還した祖父が社会的要請に応えたことで当蔵も大きくなったわけですが、一方でお酒へのイメージもその時代のものが定着してしまったという経緯がありました。

ですので、蔵開きでは地元の方が普段の居酒屋さんでは頼まないような、少し高級と思われがちなお酒も楽しんでいただけると、我々の酒蔵の今現在の姿を知っていただけるのではないかという思いがあって。もともとは、そんなモチベーションから始めました。

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佐藤:さきほど、日本酒の味について、今後さらに質の向上に取り組みたいと話されていましたが、どのようなことをお考えでしょうか。

小嶋:より地域性が感じられるお酒にしていきたいと考えています。例えばワインだと「テロワール」という言葉があって、それは『土地』という意味のフランス語から派生しています。土地の個性をワインで表現するという考え方です。

現実的には、日本酒はワインよりも醸造過程が複雑なので、日本酒で同じようにテロワールと言い切る考えはありませんが、東北に適したお米の品種と西日本に適した品種というのは違いますし、当蔵の水脈の個性だとか、寒い土地で造るという発酵環境の違いなど、我々の地域にもいろんな個性があるわけです。なので、総合的に見たときに、この土地で造られた意味がみえるような、大きな意味での地域性が感じられるお酒にしていきたいなと思っているのですね。

「いい原料を仕入れて丁寧に造ったからいいお酒になります」という加工業としてのストーリーよりも、もう少し原料や気候風土といったところからきっちり語れるお酒でありたいですし、出来上がったお酒自体にそういった個性がしっかり反映されているような、そんなスタイルにしていきたい思いを持っています。

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僕はもともと、日用品のマーケティングといったマスのビジネスの世界から出発していますが、やっぱりビジネスとして上手にやろうとすることと、地方の中小規模の酒蔵が、本当に存在感と価値のあるブランドになるための考え方というのは異なるものだと気付かされたのですね。

自分のスタイルとかスタンスとか、意志、主張というようなものが入っていないと、なかなか意味のあるお酒にはならない。上手に売れるお酒を造るということから、その一歩先に進むというのは、またちょっと違う世界観になるんだろうと。

ですから、「酒蔵としてどう存在していくか」ということは、人に委ねず僕自身が常に考えて決めなければならないことだと思うようになりましたね。

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佐藤:これまでのご経験をもとに、酒蔵でさらに取り組んでいきたいことなどもおありですか?

小嶋:海外への輸出も現在行なっているのですが、海外への展開も国内と合わせてひとつのものとして捉えていきたいですね。国境を考えない、といいますか。大きい地球のなかには大都市がいくつもあり、その歴史や食文化や法律など、都市によって違いはいろいろあるけれども、そのなかで日本酒がある程度の存在価値を認められるものになっていくと仮定するならば、その中のひとつの酒蔵としてどういった在り方があるかを考えていきたいなと。

すでに様々な国で、日本人ではなく現地の人が日本酒(SAKE)を造り始める時代になっていますから、競争相手は日本の蔵だけではなくなりつつありますし。

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ですから我々は、海外用のお酒というのも造りません。自分たちのスタイルや考え方が先にあって、それを世界中どこの国の人にでも同じように楽しんでもらえるような姿が理想ですね。

極端な話、値段の条件が合うならば、地元の居酒屋さんと、ロンドンのフュージョンのレストランとで、同じもので成立するような、そんなブランドの立ち位置を最終的に目指したいと思っています。
佐藤:それはますます、酒蔵を尋ねてくる人が増えることにもなるかもしれませんね。

小嶋:そうなるといいですね。その点でいうと、実は酒蔵の近くに「東光の酒蔵」という酒造資料館もあって、こちらは開館して32年になります。この資料館のありようも、今後は少しずつ変えていきたいとちょうど考えているんです。

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今までは、「日本酒ってこういうもの」という一般的な展示内容だったのですが、もっと自分たちの酒蔵の歴史や考え方など、ここに来たからこそ触れられるような展示内容にしていきたいなあと考えています。

また、資料館には売店も入っているのですが、蔵元の直営店らしさというか、何か豊かな体験になる場所としてリニューアルしていきたいということも考えています。

 

 

 

世界へ素直に差し出せる、地域に根差した仕事の価値

佐藤:これからいよいよ冬の造りの時期ですが、やはり現場にも入られるのですか?

小嶋:実はなかなかできずにいたのですが、この10月からはそろそろスイッチの入れ替え時期かなと思っています。これまでの約5年間は、営業と経理を自分の直轄として体制を整えてきましたが、こちらがかたちとしてまとまってきたので、今度は守備範囲を変えて、製造現場をと考えているところです。

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また、冬の酒造りは正社員と専業農家の冬期社員とで行なっており、冬期社員はこれまで10人くらいの人数でやってきていますが、地域の専業農家が減っているので、5年後、10年後にも同じ体制を維持するのはなかなか容易ではないと感じています。

もちろん、冬期社員の方々には、少しでも長く来ていただきたいとお願いしていますが、現実的な目線から言うと準備はしなければいけない。

ですので、正社員の比率を今後は引き上げて、忙しいときだけ来てもらうのではなく、社員が交代で少しずつ休みながら、長く造れるような体制へと移行していく必要があります。それと同時に、今は仕込みはすべて男性で行なっていますが、女性も働けるような環境にしていきたいと思っています。

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例えば、重量物の上げ下ろしであるとか肉体的な負荷の大きい作業については、品質を落とさないという前提のもとで機械化していくこと、また、製造期間が延びても品質が落ちないよう酒蔵の冷蔵環境を充実させていくことなどですね。

僕自身も製造のことをもっと理解していかなければいけないので今後学習が必要なのですが、営業や経理で5年前に始めたことを、今度は製造においてまた一から始めるという感じになるのかなと思います。

 

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佐藤:東京と海外でのご経験をもって地元に戻ってよかった、ということなどはありますか?

小嶋:アメリカにいたときはニューヨークにいましたが、旅行や出張で行くのと実際に生活することとはまったく違う経験でしたね。1年半くらい『外国人として』生活したことで、初めて自分のどの辺が「日本的」なのかを自覚することが出来ました。内側と外側の両方を体験して、やっと日本人としての輪郭が見えたという感覚でしょうか。

そういう時間を過ごしてから戻ってきたので、何かのご縁で歴史の長い酒蔵に生まれ落ちて、蔵元として日本酒造りを生業にするということは、とても意義深いことだと感じるようになりました。

日本酒の歴史は2000年程あると言われていますが、お米もお酒も神事に使われるような、日本人にとって特別な意味を持つものですし、それが今も造られ飲まれ、そして世界に広がろうとしているわけですから。

例えばフランスやイタリアのワインの造り手は、少なからず「俺の酒」という感覚を持っていると思うんです。「俺の村の酒を飲んでみろ」みたいな(笑) 自分の酒に対する誇りを持っていて、それが、海を越えて地球の裏側で飲まれているということについても、堂々と「ほら、美味いだろう」と言っている。それとまったく同じことを、僕らもできると思っています。

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商業的にビジネスで成功したいとか、ビジネス的な刺激がほしいということなら、大都市のほうがチャンスは多い。

けれども、自分たちが日頃から親しんでいるもの、子供の頃から身の回りにあるものを、世界のどこに行っても素直に差し出して胸を張れるような仕事をしているということは、僕はとても意味があることだと思っているし、むしろそれをちゃんと魅力的なものとして磨き上げて、どこまでやれるのかなということをこの目で確かめてみたいなと思いますよね。

ですので、ここに生まれてこの仕事をする意味みたいなものを、これまでの経験を通して与えてもらったかなと感じています。

 

 

編集後記

Uターンを考える理由として、「長男なので・・・」という声を多く聞きます。その声には、親への感謝や責任感であったり、覚悟であったりを感じる一方で、仕方なさや諦めの感情が入っているように思う場合も少なくありません。

「縁があってこの家に生まれた」と小嶋社長もお話されていましたが、その言葉には、長男だから仕方なく帰ってきたというのではなく、生まれ育った環境を受け入れ、新たに挑戦していこうという前向きさが感じられます。

都会でなければ経験できない仕事ももちろんありますが、やりがいのあるおもしろい仕事は山形にもあります。

しかしそれ以上に知るべきなのは、場所や職種・業種を問わず「仕事を魅力的にしていくのは自分次第なんだ」ということを小嶋社長の言葉から感じました。

 

※この記事は、東北経済産業局「平成28年度東北地域中小企業・小規模事業者人材確保支援等事業((2)事業)」の一環で制作しました。

 

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Profile

株式会社小嶋総本店さん

日本酒の製造販売。慶長2年(1597年)創業の米沢藩上杉家御用酒屋であり、江戸時代頻繁に「禁酒令」が出された中でも、酒造りを許されていた数少ない造り酒屋のひとつ。

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