お元気ですか?株式会社キャリアクリエイトの佐藤です。

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山形の「攻めの会社」教えます」のコーナーでは、働く人を応援する株式会社キャリアクリエイトが、いつかは山形に戻りたいと考えているビジネスパーソンの皆さんに向けて、魅力的な山形の企業の姿を紹介しています。

日々、山形の企業を訪問している中で感じるのは、「成長し続ける企業には元気な社員がいる」ということ。一人ひとりのキラキラと輝く眼差しこそが、企業にとって、とても大きな力になっていると私は感じています。

 

今回私がご紹介したいのは、白鷹町にある「株式会社ニクニ白鷹」さん。半導体露光装置や、液晶デバイス露光装置、光学機器など精密機械部品の機械加工から、表面処理、組立加工などを行っている企業です。なぜこの会社さんを選んだかというと、

とにかく若い人たちが働く姿が特に活き活きとしているんです!

その秘訣はどこにあるのか知りたくて、お話を伺ってきました。

 

 

「ないモノ」を創る楽しさ。問題解決こそが力に。

50年以上も昔、山形は冬になると仕事がなく、多くの家庭で男性は出稼ぎに行きました。

その出稼ぎ先の企業の1つが、神奈川県の川崎市にある「二国機械工業株式会社」。(現在は株式会社ニクニとして、主に産業用ポンプ、流体制御装置、環境関連装置などの設計開発・販売を行っている)

その後、「なんとか一年中山形で仕事を」と、白鷹町に「二国機械工業株式会社」の山形工場が設立されました。また子会社として朝日町には株式会社ニクニアサヒを創業。近年関連企業が分社化し出来たのが、「株式会社ニクニ白鷹」です。

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株式会社ニクニ白鷹は、東北でも有数の設備を持ち、長年培ってきた技術を基礎に半導体露光装置や液晶デバイス露光の装置、光学機器など精密機械部品の機械加工から、表面処理、組立加工など、小さな物から大きなものまで、加工から組み立てまで広く手掛けている企業です。

 

佐藤:長澤社長、いつもお世話になってます!

長澤社長:はい、よろしくお願いします。

 長澤社長  (株式会社ニクニ白鷹 長澤社長)

佐藤:長澤社長は、技術者出身なんですよね。

長澤社長:はい、私は白鷹町の出身で、山形大学の工学部、機械科で学び、大学卒業後は、川崎市にあるニクニに就職しました。そこでポンプの設計技術を身に着け、それから移動した朝日町のニクニでも設計を担当していました。

実は、移動先となった朝日町のニクニには、それまでポンプの設計が分かる者がいなかったので、品質やコスト、管理・・・工場内で様々な問題がでると、全てが私に問い合わせがきました。川崎のニクニでも現場、現物、現実といった現場の三現主義を徹底し、鍛えられていましたから、あらゆる視点で問題解決を行うことができたんです。それがきっかけとなり、会社の経営側にまわることになったんです。

 

佐藤:現場をしっかり見てきた技術者、長澤さんだからこそ、会社全体の現状を把握、改善や向上へと導く経営者になったというわけなんですね。

長澤社長長澤社長:でも、私の基本は技術屋なので、「世の中に無い」ところから新しいものを作っていくというのが大好き、そして生きがいです。

一般的に、技術者は新しいものを作るため、外を外を見がちなんですが、実は問題解決の糸口は現場にあったりするんですよ。

お客様に頼まれたモノは、この世の中にまだ無いものですから、完成するまでに自分の経験や、常識の延長上には作り上には成り立たなかったりするのです。ですから様々な情報を仕入れなければいけないのですが、先ほどお話した通り、現場こそがものすごく大事なんですよね。現場の声、社内の声を良く聴き、集めた情報と一緒に整理。頭を柔らかくして、だいたい50通りもの解決案を書きだすのです。実際に実験してみると、ほとんどが失敗。でも、ちょっとだけ変化するところが出てきたら、そこに手がかりが見え、成功の道へと続いていくんです。

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長澤社長長澤社長:無いモノを創る、そこにたどり着くまでには、本当に時間がかかっています。でも、それこそが自分の力になりましたし、やりがいの実感と喜びを感じてきました。様々な問題が起きる度、ワクワクするのです。

設計者は、こうしてどんどん自分の力の幅を広げていくのです。

 

 

自ら考えることで得られる、やりがいと面白さ。日々の仕事で自らがどんどん成長する企業へ

佐藤:長澤社長は、「現場や社員の声を聴く」「解決案をたくさん考えて実証していく」など、自身の経験と同じようにアドバイスをされたりするのですか?

長澤社長長澤社長:社員にとってニクニ白鷹は、「いつでもやりがいを感じ、活き活き働いてもらえる場所」であってほしいと考えています。

人は仕事を任され、考え、答えを導き出し、やりがいを感じて成長していきます。

ですから、もちろん初めのうちは基本をマンツーマンで教えますけれども、その後、クリアできそうな課題を一つ与えて、半年ぐらい時間を空けてみるんです。そうすることで相手に考える時間をつくるんです。こちらから答えを言ってしまえば簡単なんですけれども、そこで考える力をつけてもらいます。

社内風景6

 

長澤社長長澤社長:株式会社ニクニ白鷹では、社内でグループをつくり、テーマを与えて問題解決を行っています。そして2か月に一度報告会を実施。報告がうまくいっていないと指導が入るんですがね(笑)

これを実施してからチームワークが見違えるように良くなりました。それに、一人ひとりが、自信をもって仕事に取り組むようになったんです。

 

佐藤:仕事のやりがいや面白さは、自ら考えることで、得られますよね。

 

働く若手社員から見える、株式会社ニクニ白鷹の姿

では、今度は、実際に働いている社員の皆様にもお話を伺ってみたいと、バリバリ活躍されている社員の皆様にお集まりいただき、座談会形式でお話を伺いました。

入社のきっかけ

佐藤:みなさん、なぜ株式会社ニクニ白鷹に就職したんですか?そのきっかけを教えて下さい!


nikuni2管理部 次長/堀川恒平(38歳)
:大学を卒業してから開発の仕事がしたくて、山形県内の企業を探していました。その中でニクニを選んだ理由は、社風ですかね。良い意味で会社の自由さが感じられたんです。会社説明会で、堅苦しさを感じる会社が結構あったんですよね。。。

 

 


nikuni1営業部営業課 課長/入山哲幸(37歳)
:私は出身は埼玉県で、横浜で合同説明会があり足を運んだ際、たまたまニクニのブースに行ったんです。そこで、それまで知らなかった「ポンプ」について紹介してもらい、興味を持ったのがきっかけです。

しかし実際に就職し配属されると、ポンプの開発とは全く関係のない、営業部署(笑)。山形の白鷹にポンプとは別のものをつくる組織があることは知っていたんですけれども。川崎にいて、山形で造られたものを売っていました。

ところがそれまで山形の現場を見ていなかったため、それがどのような工程で加工されてきたのか分からなかったんですよね。そして上司にそんな話をポロリとこぼすと「来月から山形に行って来い」ということになって。2,3年で戻る予定だったんですが、その上司が退職。さらに当時のニクニ白鷹の工場長も「お前はもうずっと白鷹だ」という話をし、その気になって。もう白鷹町にきて10年、妻は白鷹町の人です。

 


suzuki製造部 次長/鈴木 怜(39歳)
:白鷹町出身で家が近いことがきっかけでしょうか。高校を卒業して山形の産業技術短大に入学。卒業後は地域環境を良く知っている地元に就職したいなとずっと考えていて、ニクニを選びました。

 

 

kawasaki製造部技術課 課長/川崎哲也(38歳):私は米沢市出身で山形大学の工学部に入学、就職活動中に研究室で先輩方の就職先ということで推選をいただいて入社しました。川崎のポンプ製造についてはお話を聞いていたので、ニクニ白鷹に配属になり、いろいろと勉強をしてきたところです。

 

 

入社後の印象

佐藤:これまで知っていたニクニと入社してから見えた姿に違いはありましたか?


suzuki鈴木
:入社するまで、ニクニが製造業の企業ということしか知りませんでした。また地域の噂で会社の良い時代も悪い時代も話は聞こえていたんです。しかし実際に入社すると、大手企業から受注を受けていたり、大型の設備が揃っていたり、正直なところ、驚きましたよね。

 

nikuni1 入山:当社には本当に様々な機械がそろっていて、そのノウハウと技術力は東北では上位だと思います。しかし今、製造する機械や設備はどんな会社でも投資できる時代。「設備があること」は売りにはならなくなっているのも事実。ですから新しい技術をどう売っていくか、常に進んで行かないと、追いつかれてしまんですよね。

お客様に注文を受けて開発、製造をした場合、もしかしたら他社でもできるかもしれないですが、品質やコスト、納期、それを当たり前に行えるというのは、半導体など当社が積み上げてきた分野に置いては負けない自信はありますよ。

 

「問題解決」について

佐藤:長澤社長が「問題解決の喜び」について語ってくれました。皆さんも日々問題を投げかけられているのでしょうか。

kawasaki川崎:日々お客様が注文されるモノの形や造り方が違うので、そういう意味では毎日大きなことから小さなことまで問題はありますよね。それを前向きに取り組む力はあると思います。

ニクニは規模の大きな会社ではありますが、自分が信念をもったことに対しては、好き勝手させてくれるような環境がある会社だと思います。

 

suzuki鈴木:私はいつも様々な場面で試されているように感じてしまいます。自分はここでどう結果を出すのかと。不安でしょうがない時もありますが、前に前に進めているのではないでしょうか。

 

 

nikuni2堀川:問題点の多い会社だと思います。それは良い意味で。

私は部下に日ごろ言うことがあるんですけど「世の中に全てにおいて100%という会社が仮にあったとしたら、それ以上の成長はできない。白鷹にある良さもあれば、もちろん悪さもあるわけで、その悪さの部分を変えていき、良さのところは残していく。そうすることでどんどん成長することができる」と。ですから問題があることがうれしくも感じ、問題があるから成長があるのかなと、感じています。

佐藤:白鷹にあるからこそ知恵も働くしということですね。


nikuni2堀川
:地元の人が多くてその繋がりもありますし。田舎なので閉鎖的というのもありますが、培ったものが外にでていっていないということや、チームワークの良さだったり。そこで外の良い部分を中に取り入れれば、さらに良い会社になっていくのではないかと思います。

 

 

suzuki鈴木:私も堀川くんのように、内部にある問題を解決しもっともっと伸びる会社だと感じていて。解決方法もいろいろありますが、それに向かって皆で力を合わせることもできますし。

誰かの「やってみよう」に耳を傾け、賛同してくれる仲間の多い会社だと思いますよ。

 


nikuni1入山
:私は、「近年社員一人一人の動きも変わってきた、問題に向かって力を合わせてくれる仲間が、近年ずっと増えてきている」ように感じるんですよ。

お客様に言われることは突拍子もないこと、「こんなのできない!」と言いたくなってしまう無理難題を投げかけてくる方もいるんです。でもここにはちゃんと向き合って応えてくれる社員がたくさんいます。だからこそ私の営業活動はなりたっています。

 

これからの挑戦

佐藤:これからやってみたいことは?

suzuki鈴木:当社は加工屋。加工の技術をもっと高めて、お客様に満足いくようにしていきたいです。あとは自社ならではの製品が持てたらいいですね。小さな物でもかまわないのですが、社員の皆が興味を持って造られる環境で、今後技術を高めていく上で面白いかな。

 

 

kawasaki川崎:工場としては東北有数の機械を揃えているわけですけれども、私はニクニ白鷹ブランドとしてPRしていけるような「造り方」や「技術」「納期」、ここでしかできないモノを造っていきたいですよね。

 

 


nikuni1入山
:ニクニ白鷹は、もちろん今でも様々な技術とノウハウを持っていますよ。私はそのノウハウを新たな分野で活かしてみたらどうかと思うのです。それと同時に世の中で必要とされている技術というのはどういうところなのか、というのも探り社内で展開して、今までやったことのないことで技術を伸ばしていけたら。そんな情報を流すのも、営業の私の仕事だと思っていますよ。

 


nikuni2堀川
:当社のお客さま、当社、そして当社と共に努力してくれている取引先の企業があって、その3者が勝ち得るような会社になっていきたいですよね。

あわよくば…定年は今60代ですけれども、私たちの頃には70代になっているかも。ニクニは今年70周年、ですからその頃ちょうど100周年を迎えるんです。そこをジジイになってもこのメンバーで迎えられたら幸せですよね。

その時どんな時代になっているかわかりませんが、今日の座談会の話題になればまた楽しいですよね(笑)

 

故郷で暮らす生き方の選択

メンバー1人1人が、問題解決に向け、未来に向かって挑戦しているニクニ白鷹。その社風にも惹かれ、都会で経験を積んだUターン転職者が活躍しています。

日常の買い物

長井市出身の大場貴史さん(32歳)は、3年前にUターン。

山形にいつかは帰りたいと思って東京の大学に進学し、そしてなんらかの武器となる力をつけて帰りたいと考えていました。子供の頃から慕っていた祖母が亡くなり、また祖父も体調を壊した自身が27歳の時に、”「いずれ帰る」と言っておきながら、ちゃんと考えているのか?”と自分に問うようになったのが、Uターンを考え始めたきっかけだったそう。

佐藤:大場さんは、Uターンしてきてから仕事探しを始めたんですよね。

大場:はい、大学卒業後、東京のメーカーに就職し、製造現場で働いたあと、研究開発、その後BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)系の部署を担当するなど広く浅く経験しました。Uターンする前の直近4年は、週4日はホテル住まいで、製造業の業務分析、コストダウンの提案や利益率の相談を行う業務コンサルタントとして働いていました。

休む暇なく働いていて、正直、山形での就職先や暮らしについて考える余裕もありませんでした。社会人8年目、29歳の時、30歳を目前にし、とにかくリセットしようと仕事をやめ、「実家に戻って腰を据えてからでも就職先を見つけるのは遅くはないだろう」と、山形での仕事を決めないまま、奥さんと一緒に山形に戻ってきたんです。思いきった決断でしたね(笑)

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佐藤:その後、ネットで見つけて頂いたキャリアクリエイトに登録し転職なさったわけですが、株式会社ニクニ白鷹を選んだのは、コンサルティングの経験を活かせるからでしたよね。

大場:はい。はじめは「会社を変えていきたい」という社長の意向から、「社長付き」ということで社内を良くするための仕組み作りをしたり、現状把握から数字の分析をしたり、方向性を検討するなど、1年ぐらいお手伝いをさせていただきました。

その後、経営企画を1年担当、今年になって製造部 製造管理課に移動になりました。主に社内の製造について管理し、方向性を定めています。

 

お互いの知識から学び、高め合う。コミュニケーションから更なる成長へ繋がる環境

佐藤:社員の皆さんと接する大場さんを拝見していると、ものすごく溶け込んでいて、ずっとこの会社にいた地元の方、というように見えますよね。

大場:同世代の社員が多く、話しやすい環境でした。これまで社外から入社する人というのがあまりいなかったので、私が使用しているパソコンツールについて質問してくれたり、プレゼン方法について指導を仰がれたりと、個々の向上心から話かけてくれて。コミュニケーションを取りながら、お互いのスキルを共用することができました。

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佐藤:向上心のある社員が多い会社は、外からやってきた人も馴染みやすい環境にあると言えるかもしれませんね。

大場若手の社員の皆さんも、若い=経験がないことに萎縮したり捉われることなく、”こうしていきたい”と意志をもっているひとばかり。受け身ではないのです。これは社風なんでしょうね。会社としても「こうやりたい」という社員の想いに対しては寛容で。例えば講演会や展示会に行ってみたい、自分のためにこういう勉強をしたいというと、そこに投資をしてくれたり。想いのある人にとってニクニは良い会社だと思います。

佐藤:今後、この会社でやっていきたいことというのはありますか?

大場:当社が1カ月に抱えるお客様の案件数は、大きなものから小さなものまで約3~4,000件。社外にお願いする部分もありますけれども、生産管理をする上で、まだまだ見えない部分があるのではないかと思っていて。そこの情報を整理する仕組みをしっかり作って、もっともっと会社は良くしたいと考えています。近年お客様との信頼関係もさらに良くなりました。

 

山形での暮らしを見つめて

佐藤:Uターンを決意したとき、奥様は反対しませんでしたか?

大場:付き合っている時からいずれ帰りたいと伝えていたので、全く反対はされませんでした。むしろ、祖母の葬儀に参列したときには「帰らなくていいの?」と言ってくれて。

佐藤:結婚当初はUターンに賛同しても、時が経つに連れてパートナーの考えが変わって、Uターン転職に”嫁ブロック”がかかるということもよく見聞きしますが、そんなことは無縁だったようですね。こちらに戻られてからの環境の変化はどう感じていますか?

大場:東京に住んでいた頃は、隣に住んでいる人が分からないという話は一般的にありましたからね。こちらに帰ってきてからは実家に暮らしているので、子供の頃から知っている場所、人。長井伝統のお祭り、獅子振りにも参加しています。

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佐藤:地域の伝統を受け継ぐ担い手にもなられているんですね。素晴らしいですね〜

大場:あと、友人とBBQしたりも。キャンプがしたくて道具を揃えはじめました。

それから、こちらに来てから念願の車を購入したんです。向こうで車がほしくていたんですが、使用頻度が少なく、ショールームに通いながらも、断念。今では週末は毎週のように妻と子供と一緒にドライブを楽しんでいます。

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佐藤:東京での暮らしには心残りはありませんか?

大場:向こうにいれば違う楽しさもあったかもしれません。でも自分の中で「何が大切なのか」「何が幸せか」と考えたときに、両親のことや家族との暮らしを思いうかべ、現在を選んだので、心残りはありませんね。

佐藤:UIターンを考え、迷っている方にとって、大場さんは、1つの良いモデルケースですよね。

大場:いやぁ、でもUIターンって、すごく難しい決断だと思うのです。

迷っている方は、きっと現在の環境とこれからの環境を比較するんでしょうけれども、とにかく具体的に想像できるようにしておくことは大事です。だから当時の自分を思い出して一言伝えるとしたら「まずは具体的に動いてみよう」ということですかね。

きっとその方その方で答えはちがうんでしょうけれども。私は動いて良かったな、と今でも思っています。

子どもに、山形の自然や地域の環境の中で、のびのびと成長して欲しいですね。

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編集後記

長澤社長や社員の皆さんの「前に進みたい」「成長したい」という熱い想い、座談会での活き活きとした表情で語る皆さんのお話を伺っていると、「私ももっと挑戦したい」「こんな方々と一緒に仕事をしてみたい」という気持ちがふつふつと湧いてきました。

株式会社ニクニ白鷹で、若い人たちが活き活きと働けるのは、

受け身ではない主体性・信念を持った「意見」や「行動」が認められ良い意味で好き勝手にやれる社風、任せられるからこそ仕事が面白くやりがいがあるものになる好循環

に、その秘訣があるのではないかと感じました。

きっと株式会社ニクニ白鷹の社内では、魅力的な方がさらに他の方の魅力も引きだし、共に向上していく、というような良い連鎖ができているのではないか感じたところです。

 

また、今いる場所から別の地域での転職活動はとてもハードルが高いことですが、Uターンし活躍されている大場さんの姿を拝見していると、それまで培った力が大いに活かせる環境は必ずあるのだと実感しました。

夢中になれる仕事、高め合う仲間、自分らしい暮らし・・・心ときめく生き方が山形でできる!もちろん、その人次第ですが、興味のある方には、ぜひとも想像し、そして行動を起こしてみてほしいと思います。

 

※この記事は、東北経済産業局「平成28年度東北地域中小企業・小規模事業者人材確保支援等事業((2)事業)」の一環で制作しました。

 

 

Profile

株式会社ニクニ白鷹さん

白鷹町に本社を置く、ものづくり企業。半導体露光装置や、液晶デバイス露光装置、光学機器など精密機械部品の機械加工から、表面処理、組立加工などを行っている企業。

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