実は、僕の母親の旧姓が”奥山”と言って、ここにきて妙に大鳥とのシンパシーを感じています。

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

一番近いコンビニから20km離れた奥山で暮らし始めてもうすぐ2年。

日本の奥山の中でも、数十年もすれば消滅するかもしれない小さな集合体の中に身を置いて思うことは、ここでの学びが政治や経済を考える上でもきっと生きてくるんじゃないかなーと感じています。

もちろん、人口80人超の小さな集落を見るだけでは、多用な47都道府県を捉え切れるなんて思いません。けど、日本の政治や経済が担うべき役割の根本は、集落組織と何ら変わらない気がします。

地域で生き、活動する中で、自治や営利活動、非営利活動など様々なケースに触れてきました。そうして、集落の中でおこなう活動が、自分事として跳ね返ってくる実感がある。

自分も、自治の一役を担っているんだなって。

無論、集落の中では難しい行政用語なんて一切使われません。

けれど、集落の中で日々展開されていることは、まさに日本国がやっている”それ”に匹敵することなんじゃないかなと思います。

今回は少しお堅い話ですが、高度成長経済期に「田舎臭い」「田舎もん」と揶揄されていた集落も、見方を変えれば社会を立派に生き抜くための教育・実践現場になっているということをお伝えできればなと思います。

最近ちょこちょこ話題となるエコビレッジや、シェアハウスなんかにも通じる部分があるかもしれません。

※文中に、「集落」「地域」という似通った言葉が出てきますが、基本的には僕の暮らす大鳥のことを指しています。

自分の集落のことは自分たちで決める、集落の政治

集落には自治会費というものがあります。

僕の暮らす大鳥地域では、自治会費が一軒につき毎月約3,000円掛かります。(地域の人によってはこれを納税と呼ぶ)年間で36,000円。結構大きな額ですね。

このお金を集落全戸から集め、地域の中でどのように使うのかを決めるのが自治会組織。

大鳥地域では、年頭会や悪魔祓い、夏祭りなどの伝統行事・イベントごとの他に、地区公民館の光熱費・水道代などの維持費、お宮の雪掘り費、街灯の電球費用までを自治会費でカバーしています。

(※市から降りてくるお金もありますが、僕の住む地域では、住民から集める自治会費の方が金額は大きい。)

これらを地域の寄合や総会と呼ばれる会議で住民同士が話し合い、次の年には何にお金を使うかを決めていきます。

僕の暮らす地域では高齢化率が70%ということもあって、特産品を開発するといったの攻めの自治よりは、どちらかと言えば公共的なモノを維持したり、暮らしの中の楽しみをつくるためにお金が使われていきます。

なんだか、日本の国家予算に似ていますよね。

国民から税金を徴収し、日本国内で暮らす人たちのために道路を整備したり、病院を作ったり、オリンピックを誘致したりと、日本を維持・発展させるためにどんなことをしたらいいのか、攻めや守りを考慮し施策に予算をつけていく。

お金の使い道を決めるのが住民なのか、国会議員なのか。大きく言えばそれだけの違い。

自分たちでお金を集め、予算を決める。そのお金を地域のこと使ったら、まずは自分たちが恩恵を受けられること。

行政用語では住民自治と言いますが、この規模が大きくなれば、政治という言葉に変わる。

ただ、それだけのことだと思うんです。

生産~販売までを体で学べる集落の経済

地方の主力産業といえば一次産業。代表的なものでいえば農業・林業・漁業・畜産業など。

僕の住む大鳥でも農業をやっている人がいます。

田んぼを耕し、苗を作り、田植えをし、水の様子を見ながら水を調整し、稲を刈って、干して、脱穀して玄米にする。そのお米を農協や個人・法人に販売してお金に変える。

こうやって一連の流れを見ていると、生産~販売・消費までの全てを学べます。

余った分は自分の倉庫の中に置いておけばご飯も食べられる。お米を売って得たお金は、税金を払ったり生活費に回したり、また来年もお米を作るための経費(肥料代・農機具のガソリン代など)に回っていく。

また、苗代作りや田植えの時期には人手が必要だから、地域の人にお願いして働いてもらう。その分の賃金もしっかりと支払う。そうやって自分が得た収入の中から、地域の人にもお金として還元されていく…。

昨年は僕も農作業をお手伝いしてお駄賃をいただきました♪

“何かを作り、それを売って対価(お金や作物)を得る。それでいて日々の暮らしを営んでいく”という経済活動の基本を、地域の人と協力し、汗を流しながら学べる。

時間の切り売りをし、分業化されたアルバイトやサラリーマンでは中々経験できない、経済活動の一から十までを、田んぼでじっくりと見ることができます。

地域からにじみ出る歴史・文化に価値がある。

日本には重要文化財と呼ばれるものがいくつもある。京都の五重塔とか、正倉院とか、奈良の東大寺とか。

いずれも、日本という国のアイデンティティーを形成してきた大事な文化財ですよね。

一方で、僕が暮らす大鳥には日本全国どこにでもある里山の原風景が広がっている。

田んぼや畑が広がって、山があって川があって…。

これは、山間の地域にいけば見られるので、特別な風景ではありません。

けれど、大鳥地域には歴史と文化がある。

秋田の阿仁から伝わったとされるマタギ文化を始め、悪魔祓い、山の神、正月料理などといった、山に生かされてきたからこそはぐくまれてきた地域文化があります。

これは、歴史や文化を象徴する建物がなくても、歴史の教科書に載っていなくても、大鳥が唯一無二の地域であることを示した大切な歴史と文化です。

守るだけでは一銭のお金にもならない文化も、経済活動などで攻めに転じた時に地域文化が必ず武器になる。

海外から見れば、日本のおもてなしや、ニンジャ、サムライなどの文化があり、COOL JAPANだと言われるように…。

だからこそ、資本主義社会の現在でも、歴史や文化を紡いでいく価値が十分あるんじゃないかなと思います。

大事なのは、目に見えるモノだけに価値を宿すのではなく、今となっては見えなくなってしまった歴史や文化にも目を向けること。

木(集落)をみれば、きっと森(日本)がみえてくる。

日本全体のことをテレビや新聞、雑誌、本などから得られる情報で捉えようとするからわからないのであって、小さな集落に住み、そこで起きる政治・経済・文化活動を自分事として捉え、共に活動していくのであれば地域の額縁が見えてくる。

それを俯瞰して見ると、日本国がやっているようなことに通じていくと思う。

木をみれば、森に通じていく…。

正直言って、僕は日本の政治や経済のことはサッパリわかりません。

新聞もテレビも見ないので、最新の日本の動向とかも知りません。世間知らずになっているかもしれません。

けれど、自分が暮らす集落・地域のことはわかる。

自分の収めたお金がどう使われていくのかを決める会議にも出席するし、会議で決まった予算を、自分が享受している実感が得られる。

共同作業として草も刈れば、地域内の景観がキレイになったと実感できる。

お米を作って自分の生きる糧になっているし、他人を活かす糧にもなる。お金にも少しなった。大鳥で形成されてきた文化を知れば知るほど、他のどこでもない、ここでしか育まれなかった地域だという実感に繋がっている。

「自治会費をなんでこんなことにお金使ってるの?なんでこんな規約が未だにあるの?」と感じることもあるけれど、それだって日本の政治に対しての不満の声を上げるのと何ら変わりはない。そういうことは、都度話し合いの中で修正されていく。

そうして手づくりで集落を自治していく感覚が、広義では日本の政治や経済を見据えていく上で、根本的な部分を育むんじゃないかなと思います。

だから、将来官僚や政治家になりたい人は、一年は集落に住んだ方が良いです。

そして住む集落は、小さければ小さいほど良いと思います。(その分、自治に参加する機会も、恩恵を受ける機会も多くなると思うから。)

頭の中と議論だけで動いていく政治ではなく、実感として感じられる政治・経済・文化を、まずは小さな小さな集落で、身を持って体験したほうが、よっぽど将来のためになると思います。

そして、幸いなことに、現代では日本人の平均寿命がななななんと!80年もあるんですね。

すごーい!!!!

80年の中でたった一年田舎に住んだくらいではキャリアに傷はつかんでしょ。

日本の片隅の小さな小さな集落でおこる出来事が、日本、しいては世界に繋がっている。

そんな暮らしを、僕は大鳥の中で過ごしていると勝手に思っています。

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せば、またの。

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田口比呂貴

ライター情報

田口 比呂貴

1986年生まれ、大阪育ち。法政大学を卒業後、電子部品メーカーに勤務。2013年から鶴岡市地域おこし協力隊として大鳥地区に移住。現在、マタギ見習...