専業主婦から兼業主婦へ

おじまです。最上地方に移住して、いよいよ8年が経ちました。野山をかけずり育ってきた長女はまもなく10歳、末っ子双子も2歳になりました。子どもの成長は本当にあっという間ですね。

未来Labでコラムを書き始めて数年、この地で暮らす素敵な人にインタビューをしたり、季節を通しての最上地方での暮らし、子育てを通して見えることなどを記事にしてきましたが、昨年、義母さんが定年になって自分が働きに出るようになり、「最上地方で働くということ」をより深く考えるようになりました。

その中でも、副業にしていることについて書いてみたいと思います。今回は、子どもの話題は封印!

他にする人がいないニッチなお仕事

専業主婦だった頃は、暮らすということは食べること、と食まわりを大事にしてきましたが、家族を支える大黒柱の一端となった現在、暮らすということは働くこと、とテーマもシフトしつつあります。自給自足するなどして、働かなくても暮らすことは可能かもしれませんが、税金も保険料も払わない、という覚悟を持って生活するのでもない限り、どんな田舎でもやっぱりなんらかの手段で収入は得て暮らしていくわけで。

数年前までは、自給自足が夢!と言ってはばからず、家族を畑に引きずりこんで一緒に土まみれになっていましたが、それもいい経験として、自分のペースで農と付き合いながら、このくらいは稼がねば、と最低ラインを決めてお仕事をしています。

私は現在、複数の生業(なりわい)をもって生活しています。

生業とは「生きていくための日々の仕事」のこと(引用)。私の場合は本業を一つ持ち、副業をいくつか持っているというパターン。大家族なので、最低限生活に必要な収入のラインは本業で得て、あとは状況の許す範囲で副業をするやり方です。子育て中でもあるので、そうそう無茶な働き方もできません。未来Labでも先日、伊東さんのインタビュー記事で「ナリワイ」がとりあげられていましたが、似ている部分があると思います。地方にナリワイを作っていこう!という動きがある一方で、私の場合、他に誰もする人がいないから、必然的に自分がしている仕事がいくつかある、というのが実情です。いくつかの副業を持つ、という結果は一緒でも、そこに至る過程は様々あるのですね。

他にする人がいないとはいえ、大変でつらいお仕事をしているわけではありません。私の副業の一つに、草木染めの講師というのがあるのですが、これは必要な素材や道具さえ揃っていれば、準備するのもそれほど手間ではなく、参加者と一緒に和気あいあい楽しめるお仕事。単独で行けるので、フットワークも軽いです。私は実は専門的な知識なんてそれほど持っていません。趣味で草木染めをしていたのと、好奇心が高まりすぎて藍染めの藍を自分で栽培してた、という、そのくらいです。染物というと、複雑な模様や鮮やかな色合い、という印象が強いと思いますが、私の興味は模様の方にいかず、染色が暮らしに欠かせなかった歴史や栽培に関することなど。イベントで染物ワークショップなどを求められることが多かったため、いつの間にか仕事の一つになっていますが、工芸品のような文様に染め上げるわけでなく、身近にある素材と、台所にある道具を使って染めるだけ。

私が開催するワークショップは全て「誰でもできるよ」「家にある道具だけでこんなに素敵な色になるよ」と、やり方を覚えてもらって家で楽しんでもらうのが目的、これに尽きます。

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専門性のない自分ではふさわしくないかな、と、講師の仕事を断っていた時期もあったのですが、あるときふと気付きました。最上地方には「出張して染物を教える」人が、一人もいないことに。趣味で染物をする人、作品を作る人は数人いました。また、自宅で染物教室を行っている人はいました。でも私のように気軽に外で染物を教える人はいない、だから求められる、ということだったのです。ビジネスとして差別化をはかり生き残る、そういう仕事とは真逆のものでした。

イベントで染色を教えると、子どもも大人も夢中になってくれます。目を輝かせて、「初めて体験した、感動した」と喜んでくれます。私が技術が足りないからとその仕事を断っていたら、参加者の笑顔は存在しなかったことになります。

必要なのは専門性ではなく、「場を作る」ことでした。今ではイベントよりも、保育所や学校での行事でのワークショップがメインになりつつあります。染色という手仕事に触れること、その機会を作るという役目が担えていることに気付いてからは、再び講師の仕事を積極的に受けるようにしています。もちろん、私以外に染色を専門的に教えてくれる人が現れたら、急いで身を引こうと思いつつ、なかなかそんな人が現れない。もどかしい日々ではありますが、知り合いのお子さんがワークショップに参加してくれたり、専門的に学びたいという人には師匠を紹介したり、と、私という人間がこの地域と染色を繋いだ意味は多少なりともあったのだと、今は思うようにしています。一緒に染色をした人が、「家でハンカチを染めてみたよ」などと笑顔で教えてくれたりするのが、私への一番のご褒美です。教える私がスペシャリストでなくても、「この地にないから誰も知る機会がない」よりはいい。

誰かがその存在を知って「自分の方が上手にできる!」と思ってくれればしめたものです。深く学ぼうと思えば、ネット環境も交通機関も発達している今、手立てはいくらでもあります。

「丁寧に暮らす」ことが根底にある

教える相手には、最終的に自分でやれるようになってほしい思っているので、長期的に見れば顧客を自分で減らすようなやり方なのかもしれません。

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都会で同じようなワークショップを開いたとしても、お仕事としてはなりたたないと思います。染色はまだまだ、工芸品としての側面しか知られていません。身近に草木染めを楽しむといっても、都会では素材を手に入れるのに苦労するからでしょうか。専門的な技術を持っている地方の人は、東京などで講座を開いていたりします。東京だと人が集まるから、と、収入を得るために出張の機会を増やすことも多々あるようです。地元にいながらにしてときどき東京に出稼ぎに行く、それもまた面白い働き方ですね。
私が染物を教えるのは、「暮らしに生かしてほしい」というのが目的。いかに鮮やかな色合いを出せるかや、正確な幾何学模様の布を染め上げるかではなく、道端にある雑草と呼ばれる草花でも、どれもがその身に素敵な色彩を隠し持っていることを知ってほしいということ。季節や種類に応じて組み合わせが無限大であること。この地に暮らした昔の人々は、繊維や色が奏でる芸術を大いに楽しんで、豊かに暮らしてきたということ。日々の暮らしの中で身近な素材を輝せてこそ、ということを、せめて言葉で伝えています。私が作ったものを見せるより、一緒に作りたい、作る喜びを感じてほしいと思っています。最上地方は、手仕事をする人にとっては素材の宝庫!山菜採りのプロにとって、春の山が宝石箱に見えるのと同じです。車でものの5分10分で山に入ることができる最上地方だからこそ、私も染色を続けているのだと思います。この地に住む人は、自然に寄り添って暮らす人が多い。教える私や参加してくれる人に、丁寧に暮らそうという気持ちがあることで、芸術的スキルだけではない手仕事の魅力を共有できます。

私にとっては起業するつもりではじめた副業ではありませんが、丁寧に暮らし、小さなことに目を向けて、それをつきつめてみることで、それが自然と仕事に繋がってきたのは、とてもありがたいことです。無理をせず続けられる理由だとも思います。

これから山形で長く暮らそう、仕事をしよう、と思っている人に伝えたいのが、決して焦らないでほしいなということ。私も、トントン拍子に今の働き方に行き着いたわけではなく、偉そうなことを言っても、普段はただの主婦。移住して8年たっても、まだまだ試行錯誤の中にいます。長く住むことでしか、わからないことも多いです。
どっしりと腰を落ち着けて、暮らしにまつわる事象全てに好奇心を持って過ごしていると、自ずと道は拓けてくるので大丈夫。

バランスを保つための副業

「教える仕事」というのは、人見知りな私が、若い頃に思い描いていた未来の職とはずいぶんかけ離れていましたが、人の前で話すというのは、才能じゃなくて経験なんだなとも最近思います。それでもかなり拙いので、それがまた身近に感じていただける理由かな、とプラスに考えつつ(笑)

そんな感じで自分のペースで副業をやっているというのは、収入を得る以外にも、けっこういろんなメリットがあったりして。私の場合、けっこう何事にも根を詰めがちなので、気分転換に副業でやっている手仕事をしたりすると、すーっと体の力が抜け、いい息抜きになります。仕事のストレスを仕事で発散するというのも不思議な感覚ですが、私には向いているのだと思います。家事に仕事にマルチタスクが得意な女性全般におすすめです。

かくいう私は、一人では到底両立できないので、夫や義母さんはじめ家族に助けられながらなんとか毎日をこなしています。このへんも地方ならではかもしれません。家族や地域というのは味方につければ心強いです。次回はそのへんのことも書ければと思います。本業のことなどにも触れつつ。

ではまた!

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小嶋可那子

ライター情報

小嶋 可那子

平成19年に夫の故郷の新庄市での暮らしをスタートさせました。四世代同居で10人家族です。 最上伝承野菜のPRや、染め物を生業としながら、ときど...