みなさんは“ナリワイ”という言葉を知っていますか。聞きなれないこの言葉は、好きなこと、得意なことを月3万円くらいの仕事にする、地方都市での新しい働き方、暮らし方を意味しています。この“ナリワイ”を支援し、実践していくために、昨年鶴岡市でひとつの工房が開かれました。

その名は、「ナリワイづくり工房@鶴岡」。

ナリワイづくり工房@鶴岡では、現在いくつかの事業が立ちあがり、“ナリワイ”の実践者たちは、少しずつですがその歩みを進めています。今回、ナリワイづくり工房@鶴岡を運営する井東敬子さんに、事業立上げの経緯や地域における“ナリワイ”の役割などについての話を伺いました。

話を進めるにつれ、単に収入を得る手段ではない、“ナリワイ”の持つ可能性を感じました。

184A9621
〈ナリワイづくり工房@鶴岡を運営する井東敬子さん。〉

 

地域に仕事がないわけではない。小さな仕事はたくさんある。

井東:私は、2012年から鶴岡食文化産業創造センターというところに所属していて、そこでミッションは「食の分野で地域の仕事を増やし、雇用を増やす」こと。このミッションを実現するための方法を探していました。

しかし、メンバーとの話し合いの中で、どんなに景気がよくなって地域に人が増えたとしても、本当に飲食関連の雇用は増えるのだろうかという疑問が出たのです。

地域性もあるでしょうが、忙しくなったとき最初に人手としてお願いするのは、きっと親戚や友人なのではないでしょうか。アルバイトを雇うのはその次だろうし、正社員なんて難しい。だから、いくら地域のお店が潤っても、直接的に雇用が増えることには結びつかないのではないか、と悶々としていたんです。

では、ほかの方法はあるのだろうかと考えていたときに、ふと、以前読んだことがあった藤村靖之氏の著書「月3万円ビジネス」(※1)を手に取り、再び読み返してみました。

「月3万円ビジネス」の本では、その名の通り、月に30万円稼ぐ仕事ではなく、月に3万円稼ぐ仕事を複数掛け持ちすることの方法や事例を紹介をしています。

本を読み返す前までは、収入を得るための方法は雇用されるか起業するかの2択しかないと思っていたし、かといって、フツーの人が本格的に起業するというのは現実的ではないと考えていました。

でも、月3万円規模のプチ起業ならどうでしょう。そういった小さな仕事が地域でたくさん増えるなら、少額でもお金は回るし、仕事を通した信頼関係も生まれるはずです。

そして、それにともなって地域にも、なんらかの良い影響があるのではないかと仮説を立ててみたのです。

 

「雇用先が増えないなら、小さな仕事を複数掛け持ちすればいい」

大都市以外のほとんどの地域と同じく、鶴岡でも正規の仕事に就くことこそが良しとされる文化があります。私も幼い頃は、地元で就職するなら公務員か学校の先生になりなさいと育てられました。

また、少し上の年齢の方々は、定職に就くことこそ一人前の証であって、アルバイトを掛け持ちしようものなら「なにやってんだぁ」っていわれてきた世代です。なので、地域に受け入れてもらえるのかどうかその時点では不安でしたが、まずは行動へ移しました。

最初に、那須にある藤村先生のご自宅へ伺い、講演を依頼。先生は講演会の前後に1回ずつワークショップを必ずやるという条件で依頼を受けてくださいました。

kouenkai

〈藤村靖之氏を招いて行われた講演会にて。〉

そして、提示された条件のもと、「地元ですでにナリワイ的な働き方をしている方の事例を聞く」、「2回目は藤村先生にお話いただく」、そして「先生の講話とワークショップ」のあと、2ヶ月内で実践に移した方の話をきくことを、3回構成で、それぞれの前後でワークショップもはさみながら企画しました。

そうしたところ、1回目から地元の方はもちろん、東京やさまざまなところからの参加者が約50人、続く2回目には100人と、予想以上の反響がありました。

このまま続けて行けば、きっと楽しいことが起こる! そう期待が膨らみましたが、蓋を開けてみると起業者は0! 誰ひとりとして、アクションを起こした人はいませんでした。

 

話を聞くだけでなく、実践する工房へ発展

13年では、実際の動きが見られませんでした。だからこそ14年こそは何かしらの動きをつくろうと思いました。そこで、一歩踏み込み、本気でビジネスをしたいという方だけを対象に、それを支援する場として“ナリワイづくり工房@鶴岡(※2)”を開いたのです。

気負わずに、“部活のノリ”で、好きなこと・得意なことを世の中に役立てて、それを小さなビジネス(=プチ起業)にする。まずは、Facebookを利用してイベントを立て、実践する。はじめに行動をとることで、ビジネスをする上で自分に足りていないところを知り、そこを補うための学習をしながら取り組みを進めました。そうすることで、12月の時点でメンバー中8人がプチ起業するまでになったのです。

ひとりは、空き家問題をなんとかしたいと、リノベーションのビジネスを。

また、ほかのひとりは採りきれなくて放置された柿を農家さんに分けてもらい、干し柿に加工。農家さんにはお礼として干し柿を提供し、手元に残った分を販売するビジネスをはじめました。昔はどの地域でも、秋になれば干し柿のカーテンが見られていましたが、今はその風景を見ることはありません。なのでその方は、干し柿のカーテンをつくろうというプロジェクトも事業の一環としてされています。

ほかにも、鶴岡名産のシルクを使ったプチ起業など、考えてもみなかったおもしろいナリワイが立ちあがりました。

 

“ナリワイ”は地域の受け皿になる。

プチ起業をした方の多くが子育て中のお母さんで、家事や子育ての空いた時間に自分がやりたいこともしたいという方々。そして、彼女たちの動機は、自分自身が楽しんで、それを同時に誰かの役に立たせたいというものでした。主たる目的が、収入ではなかったのです。

今の女性のほとんどの方が、一度働いたキャリアを持って結婚し、出産します。子育て中のお母さんの中には、それまで培ってきたスキルを使い、社会との接点を持ちたいと考えている方がたくさんいるのですね。今、私たちが取り組んでいる“ナリワイ”は、そういう方たちがはじめやすい仕事のカタチなのかも知れません。

それに、UターンでもIターンでも、地域に人が集まるには、仕事・家・豊かな自然と文化、そして仲間が必要だといわれていますが、自然も文化も大都市以外は日本中どこにだってありますよね。では、仲間はどうやって見つけるのでしょう。都会から地方へ引っ越してくる人は、都会の感性を持ちながら田舎暮らしを楽しみたいという気持ちが大きいのだと思います。

そういった方には同じ価値観や方向性を持つ仲間、地縁というよりは価値縁と呼べるもので繋がっていくゆるやかな仲間が必要なのだと思います。その意味では、“ナリワイ”や、それを行う上で生まれる繋がりは、何かをはじめたい方と移住者の方双方にとっての受け皿になるのではないでしょうか。私は、この取り組みを進める中で、そのように感じています。

 

10857954_822045274503421_2961015244378400942_n
〈工房では、さまざまな部活が立ち上がり、活動しています。〉

 

住みやすい、戻りやすい地域へ。

地域の課題を考えれば、行政の力だけでは到底解決できないことが山積みです。それを解消するには、そこにいる住人が何かしら社会的行動をとることが必要で、しかも多くの人が動かないとだめ。そのためには動く人、つまり自分で考え主体的に行動できる人を育てていく必要があります。私たちの取り組む“ナリワイ”は、そんな人材を育てる仕組み、また一方では移住者が入ってきやすい環境づくりに有効なのではないかと感じています。続けていけば、地域に主体的に動く人が徐々に増えていくと思います。

日本中どこの地方でも、同じような課題を持っていますので、今すぐとは考えていませんが、将来的には研究者にも活動へ参加してもらい、第三者の視点から“ナリワイ”がどのように地域の中でどう機能するかを客観的に観てもらい、ある程度のパターン化ができるならいいですね。第一に、やっている本人自体が楽しみながら取り組めますから、広まるならおもしろいですよね。

 

“ナリワイ”に込められた可能性。

私は地方の未来をつくるとか、山形の未来を〜とかって、大それたことは考えていません。自分が孤独死しないように頑張っているだけです。そのためにも自分の手が届く範囲にいる方が楽しく生きていられ、自分の子どもがこの土地を好きでいられ、ちゃんと育ってくれればいい。それだけです。大きなことを考えると、続けるうえでは厳しいものがあると思います。

これからの時代は、異業種のセクター同士が、いかに話し合いの場を持ち、知恵を共有できるか、物事をつくっていけるかという能力が問われます。行政、NPO、また学校や民間企業など、それぞれが違うノウハウを持っている。ひとつの課題を解決するためには、それらのセクターが協力しあって動くことが大切ですから。

地域のみんなが楽しく生きていくためにどうするか?」。そういった課題は、ひとりでは解決できないものです。だからこそ、仕組みづくりが大切だし、必要。今やっている“ナリワイ”は、その仕組みづくりなのだと思います。そして同じ価値観を持つ仲間、また地域の皆さんが一緒に足を踏み出せば、これからちょっとだけ社会がよくなるのではないでしょうか。

関連サイト:鶴岡ナリワイプロジェクト

 

■注釈
(※1)「発明起業塾」を主宰する藤村靖之氏の著書。月3万円稼げる仕事の複業、地方で持続的に経済が循環する仕事づくり、「奪い合い」ではなく「分かち合い」など、新たな豊かさを実現するための考え方とその実例を紹介している。
(※2)https://mirailab.info/column/565参照

Profile

井東敬子 さん

上山市出身。自然体験型環境教育の専門家。出産を気に、子どもの成長にとってよい環境を求め平成23年に鶴岡市に移住し、人や企業をつなぐ地域コーディネーターとして活動する。現在は、鶴岡食文化産業創造センターの実践事業アドバイザーとして、地方都市での新しい働き方、暮らし方を実践すべくナリワイづくり工房@鶴岡(※2)を運営。

記事をシェア