庄内地方に住む稲田さんが山形に来たきっかけは、鶴岡市にある山形大学農学部への進学。もともと自然が好きだった稲田さんは、大学を選ぶ際にフィールドワークの多い農学部に進学したかったそうだ。
「他の大学ではなく、なぜ山形に?」と聞くと、「まだ行ったことがない県だったから」とのこと。好奇心旺盛な稲田さんらしい。「周りは山に囲まれ、そして空が広い。神戸市生まれだから海が近いのも良かった。」と話す。
庄内を取り巻く地域環境は、いい意味で凄く狭い。中心地から車で三十分もあれば、山や海などが広がる光景に出合える。例えば嫌なことがあって一人になりたいと思った時、自由に一人になれる空間が必ずある。それは狭く閉ざされた空間での一人ではなく、大いなる自然にいだかれた一人を感じることが出来るのだ。
また地域の人と関わることが好きな稲田さんは、祭りやイベントに積極的に参加することで友達が急激に増えたそうだ。そして、よくこういう質問をされる。「関西から来て、こんな閉鎖的な人間が多いところで大丈夫?」と。
「確かにおとなしい気質だと思うけど、むしろ素直な感じがする。関西人だから積極的なわけじゃないし、おとなしい関西人だっている。それはどこの地域も一緒だと思うから、誰とでも丁寧に付き合えばどこの土地でも人付き合いは大変ではないと思います。」
庄内の魅力は、自然と人間の一体感
大学時代にはワンダーフォーゲル部に入って山や自然の中で遊び、地域にもつながりができた稲田さんは、自分の研究を深めようと大学院へ進学します。
その中で、「このまま研究を深めることも楽しいけど、それだけでなく魅力的だと思うことを伝えること」も重要なんじゃないかと思い、発信力を学ぶ為に休学し、北海道の自然体験活動をしているNPOの実地研修に行ったそう。
「子ども達と一緒に登山の魅力を体感したり、エコツアーガイドのサポートなどの研修を通して、色んな人と自然の楽しさを共感することができました。「相手と楽しさを共有し地域の魅力を発信する」ということが、自分のやりたいこととも一致していたし、このまま北海道にいてもいいかもしれないと思いました。
でも、北海道は大いなる自然という感じがして圧倒されるんです。近くに自然の存在はあるけど、でっかい!という印象。庄内は身近な存在という感じで、自然と暮らしが近いんです。北海道に行ったおかげで、自然と人間との一体感が庄内の魅力だと確信しました。」と稲田さんは話す。
山形には、山伏が修行する出羽三山がある。稲田さんは二泊三日の山伏体験をしたことがあり、「自然と人間との一体感をより強く感じられるものだった」と思い出していた。
僕も庄内にいて感じるのは、自然に寄り添う生活をしている人が多いことだ。いや、「人間の暮らしに深く浸透している自然」という表現の方がいいだろうか。
地域に根付いて暮らすこと
大学院を卒業した稲田さんは、赤川漁業協同組合に勤め、赤川の恵みを地域住民の身近なものにするという「川の恵みプロジェクト」に取り組む。自分がずっとしたかった「魅力を伝える仕事」ができたのだ。
そこでの仕事で気付いたのは「技術の伝承」がなくなりつつあること。例えば投網にしても、投げ方、魚のいる場所、受け継ぐ前に出来る人がいなくなってしまう。それは同時に文化が消えてしまうことなのだ。
「今はそういう伝統技術が無くなるか無くならないかの状態だから、受け継ぐものを受け継いでいきたい。面白いから試しにバトン受けとってみなよ、みたいな感じの役目を私が出来ればいいなと思う。いろんな世代がちゃんといて、ちゃんと土地のものを食べて、季節を感じられる。そんな素敵な庄内をつくる人の一人になりたい。」
また食べ物だけでなく、そこに関わる人が魅力的なところがいいと言う。
「だって体が嬉しい季節の食べ物を、仲間と一緒に笑って食べられるのって嬉しいと思いませんか?ここは米も水もいいから美味しいお酒もあるし、生き物としての人間が喜べる土地なんですよ。」
「住む」ということには、お互いに支えあえる仲間の力は大きい。
稲田さんは、自然と人間をつなぐ橋渡しをしているように僕は思った。多くの人たちが「自然」と言う場合、山川草木などの人間を取り巻く外的な環境のことを指す。そのような自然環境は人間に対立するもので、自分たちに都合のいいようにできるものと考えてきた。でもそれは、身近に生きている自然が見えなくなっているからなのかもしれない。
人間は自然を超えた存在ではなく自然の一部である。自然との調和に中に暮らし、その恩恵を自然に還していく。
そういう循環した生活が途切れつつある今、稲田さんは庄内に来て、身近に感じた生態系の中に生きる楽しさを共感し発信したいのだと僕は感じた。
Profile
稲田瑛乃さん
出身 兵庫県
生年月日 1985年10月11日
URL http://inapura.jimdo.com/