今回のやまがたで働く人

島津祐介さん

山形デザイン企画[YDK] 表 

現在、商品が消費者の手に渡るまですべての販売に関わるというスタンスであらゆるデザインをクライアントに提案する傍ら、自身でもネットショップを運営しています。

 

刺激的なデザイン事務所と、保守的なデザイン会社の両方を経験

高校時代はスポーツばかりしていたという島津さん。デッサンは得意ではなかったけれど、他人のために絵を描いたり、物づくりをすることが楽しいと、デザイン専門学校への進学を決めます。「現役の一流デザイナーやカメラマンが講師を務める4年制の学校です。みっちりやれる実践的な授業が魅力でした」。

いくつかのデザイン事務所でアルバイトを経験し、卒業後は大手代理店の仕事を行うデザイン会社に就職。「ストイックにいいもの、カッコいいものを作ることをめざしたいという気持ちが強かった。30歳の社長が立ちあげたばかりの会社でした」。家に帰るのは深夜。

週末も休めず、島津さんは1年で体調を壊してしまいます。

療養後は、百貨店やファッションビルを展開する大手クライアントを抱える会社へ転職。「同じデザイン会社でも全く違いました。尖鋭的な手法で日本のデザインの最前線で戦う会社から、しっかりした基盤があって安定しているけれど、保守的だなと感じる部分がある会社へ。それでもとても勉強になり、今もすごく感謝しています。しかしこれでいいのかクリエイターとして最前線へもう戻れなくなるのではという不安もありました」。

 

 

 50歳の自分の姿を想像する

がむしゃらに走り、2~3年すると、少し”社会”が見えてきます。自分が50歳のとき、どうなりたいのかと漠然と考えるようになった島津さん。転機になったのは知人の結婚式で同席した有名デザイナーたちとの会話でした。

 

「駆け出しの僕に、赤裸々に自分の話をしてくれました。雑誌で見かける華やかさの裏側でリスクを抱え、犠牲にしたものがたくさんあることと知ったのです。自分には結婚して家庭を持つという志向が強いことに、初めて気が付きました。自分の幸せって何だろう、自分の着地点て何だろうと考えると、それは”人”でした。

 

首都圏にも友だちはいましたが、つきあいの希薄さを感じることも。飲んで一喜一憂し、飲み仲間や遊び友だちにはなれるんだけれど、一歩進んで付き合える人が少なかった。幼いころからてんやわんや、やってきた地元の友だちは深いんですよ。地方出身者の方が友だちになりやすかった。何かあるかもしれませんね。」

 

そのころから山形へ頻繁に帰るようになり、妻となる石川県出身の希代子さんとも付き合いだします。会社も辞めると決めました。帰って就職するのか独立するのか、答えは出ませんでしたが、2社目のデザイン会社に務めながら、環境や人を知ろうと試用期間中、山形に通いました。

「山形の仕事や会社をいろいろと調べるうちに、やりたい仕事のカタチが地元にないと気づき、だったら自分でやろうとプランを練り直していました」。

 

 デザインの力で笑顔をつくる

やりたいと感じていたのは2つめの会社でやっていた大手百貨店の『うまいもの市』。売る側もお客さんも会場のみんなが笑顔になっていたのだとか。特に山形の方たちは細やかな配慮があって、温かかったそうです。

 

「デザインがマニアックになっていないだろうか。デザインは物を売るための手伝いにすぎない。山形の人たちの温かさそのままを、買い手に伝えるような仕事をしよう」と事務所のコンセプト決めました。

現在はリーフレットやチラシの制作はもちろん、農家の米や果実などを販売するサポート全般と、『山形ごとうち便』というサイトの運営もしています。島津さんはサイト作りから代金の回収までを担当しています。地元の大好きな、地域の隠れた逸品を中心に鯉のうま煮や秘伝豆、丸なす漬け、塩こうじや甘酒などを紹介。

 

「自分で食べて美味しいから取材させていただき、サイト販売へ。こちらが楽しいし、勉強になる。そうするうちに商品のホントの『売り』がわかってきます」。

 

 

 

 

 手に取ってもらうためのデザイン

島津さんが最近提案することが多いのが商品サイズの変更。販売形態が市場にマッチしているかどうか、このサイズ、この量で、この価格でいいかをクライアントである農家さんと話合います。

「例えば米ですが、今までは5kgで3,500円です。初めて買うなら、まず食べてみたいと思うじゃないですか。それで精米したてのつや姫、夢ごこち、ミルキークイーンの3種類を2合ずつ合計1,000円でメール便で届くようにしました。

2合なら3~4人家族が1回で食べる量です。お試し品としては買いやすいはず。それでサイズを変えましょうと提案します。

 

 

生産者である農家さんにも好評で、今まで商談でも5kgを持って行っていた。それが運びやすくなったと、喜んでもらっています」。

お手伝いの”カタチ”が見えてきた気がします。主役はあくまで生産者さん。いろんな方のお陰で、僕しかできないことに出会うことが出来た。今迷いがない訳ではありませんが、ゴールには向かっているんじゃないかな。そういえば僕たち営業をしたことがないんです。お客さんや友だちがお客さんを連れてきてくれるんです。そういう意味でも人に感謝です」。

 

「山形は一番『化ける』県だと思います。山形にはいい素材がこんなにあるのに、磨く人が少ない。僕は磨く側になりたい。デザインはそういうものだと思います。

 

 Uターンを考えているあなたへ

「県民所得は下から数えた方が早いかもしれないけれど、山形にはいいものがたくさんあるから、あまり悩まず帰ってきて欲しいですね。帰らざるえなくて、帰ってくる人もいると思うけれど、足りないもの、欲しいものは自分でつくる気持ちで帰ってきてもらえると有り難い。

インターネットが発達したのだから、どこで何ができるかよりも、自分はどこで何をしていることが一番幸せで、死ぬ前に『あぁこれで良かった』って言えるかを僕は考えた。

故郷にもどってくるときに条件がイイなんで絶対にない。帰ってくる、帰ってこないを悩んでいるなら、条件に流されるんじゃなく、まず自分がどうあったら幸せなのかを考えてみて欲しい」。

Profile

島津祐介さん

出身 南陽市
生年月日 1981年6月19日
URL http://www.rakuten.co.jp/ydk/

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