秋、到来!

最上地方は、稲刈り最盛期です!ついこの間まで夏だったのに…。すっかり日も短くなって、夕方になると急に冷えますね。我が家では、6月にしまったばかりのヒーターを、出すか出すまいか考えすぎて結局出せず、風邪をひいてみたりします。

ine少し前までの田んぼは、まさに黄金の絨毯でした。
朝に散歩をすることが多いのですが、あぜ道を歩くと、葉が朝露できらきら輝いています。 この時期の田んぼを見ると、「風邪の谷のナウシカ」の「その者蒼き衣を纏いて…」のくだりを思い出します。三女がババ様のモノマネが上手なのですよ。
まあ、実際にはこちらの「金色の野」には降り立っちゃいけないですけど。
ともあれ、今年の新米が楽しみです。


季節を色に例えると、私の頭の中での秋は、黄色や赤。紅葉する草木や、空。時間帯で言えば夕暮れでしょうか。紅葉するにはまだ少し早いですが、山の上の方の木は色づいているのを見ることが出来ます。

aki2yuyakeこの時期は毎日のように、真っ赤に色づいた夕日を見ることができます。 夏の極彩色の景色ともまた違って、空が高く、空気も澄んでいて、とても過ごしやすいです。雨が少なく、秋晴れの日が続くので、洗濯物を干していたりすると、本当に気持ちいいのです。


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いよいよ稲が刈り取られるのを見ていると、あっという間に到来するだろう冬の気配に、ちょっぴり切なくなります。

山形県は、どの地域も米どころですが、我が家の周りは特にもう、田んぼだらけです。
私は新庄市泉田というところに住んでいるのですが、この住所を伝えると、地元の人ほど「じゃあ農家?」と聞いてきます。周りはほとんど農家です。子ども達の通う学校で「親の職業調べ」というのがあったのですが、半数以上が農家でした。
うちは農家ではないのでお米は知り合いから買っていますけど、自分の家が米農家だったり、実家が米農家だったりすると、お米にだけは困らないのでありがたい、と言う人は、身の回りに多いです。


さて、最近のご近所からのおすそ分けの傾向が、さつま芋だったり菊だったりするので、本格的に秋になったのだなあとしみじみ。たとえ私が家に引きこもって外の景色を見てないとしても、食卓が否応なく秋になっていきます。

mame借りている豆の畑も色づいてきました。枝豆で食べたりもしましたが、今年は豆腐を作りたいと思ってます。

住宅街で暮らしていたときは、季節を感じたいときには、わざわざ遠出してました。紅葉を楽しむために山にドライブとか。それはそれで大自然の洗礼を浴びて、とっても有意義な時間なのですが。

しかし新庄市に暮らしていると、当たり前に見ている景色が大自然なわけで。ただ日用品を買いに車を出すだけでも、風景が「秋だよ!秋、秋~!」とジャブしてきます。日常で使っている国道が、一面の田んぼのど真ん中を走っているので。


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sasagi秋の味覚といえば、きのこや木の実などもいろいろありますが、今年の私は最上伝承野菜漬けで過ごしています。最上伝承野菜は、最上地方で昔から育てられている在来野菜のこと。30種ほどあります。

次は、伝承野菜のことを少し紹介したいと思います。

野菜と人の暮らし

前回、新庄に来るまで野菜の旬を知らなかった話をしましたが、もがみに暮らしていると畑と生活の距離がとても近いので、自然と食べ物の旬を知ることになります。最上伝承野菜としては、秋の収穫はさといも類がメインで、早いものではかぶなども出始めています。夏野菜は種をとる時期でもあります。

先日はもがみ伝承野菜の一つである「甚五右エ門芋」の収穫&芋煮会イベント「芋祭」に行ってきました! 私はもう三回目の参加です。

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たくさんの人が畑に訪れていました。一人一つの株を選んで収穫できるのですが、どれが大きいかな、と選ぶわくわくがありました。
「まざれや」という廃校を利用した施設があるのですが、そこでは振る舞いの芋煮を食べることができました。 芋煮を食べているときに、隣り合っていた初対面の人たちが仲良くなって、そのまま一緒に芋掘りに来た、ということもありました。同じ場所で同じ料理を食べると、人と人との距離は、ぐっと縮まる気がします。 参加者には県外の方も多く、地域を越えての交流が生まれていました。

ingen伝承野菜をもう一つ。
左の写真は、金山町で「漆野いんげん」を育てている荒木タツ子さんが、干した豆の仕分けをしている場面。家事や畑仕事の合間に、もくもくと一人で豆を選り分けています。
通常、いんげんは青いものを茹でておひたしにしたり、切って炒めたりして食べる者ですが、漆野いんげんは、乾燥させたものを水で戻してからお料理するという、とても珍しい食べ方をします。荒木さんは一人で畑作業と出荷までをこなしています。
芋祭が、人と人とで繋がっていく伝承野菜の「動」の部分だとすれば、タツ子さんの作業などは、「静」の部分かなと思います。昔から変わらない部分。
漆野いんげんは煮豆になって広く販売されているのですが、商品になったものを購入した人が、荒木さんの名前を知るわけではありません。
タツ子さんは、いんげんがこれほどもてはやされなくても、ずっと育てていたでしょうし、これからも、いんげんが日常にある生活を紡いでいくのでしょう。

今年の私は、伝承野菜の農家さんを取材することがライフワークになっていますが、ただ一口に農家といっても、野菜と人との関わりは千差万別です。
伝承野菜を育てて、それだけで生計を立てている人というのは稀です。米農家として生計を立てながら、減反した田んぼを利用するために野菜を植えている人、産直にたくさんの野菜を卸している中で、いくつかの伝承野菜を自家用に生産する人、また、家で自分と家族が食べる分の野菜だけを育てている人も多いです。
土地を守ると同時に作物を守りたいと考える人、先祖供養として育てる人、季節の行事に使うために育てる人、立場はそれぞれ。
伝承野菜のことは、また少しずつ紹介していきますね。

ではまた11月に会いましょう!

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この記事を書いた人

小嶋 可那子

平成19年に夫の故郷の新庄市での暮らしをスタートさせました。四世代同居で10人家族です。 最上伝承野菜のPRや、染め物を生業としながら、ときど...

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