〜『山形県精神文化ツーリズム事業』特別連載企画第2弾(全2回)〜
sponsored by 株式会社めぐるん
第1回:「山形に息づく精神文化を世界に伝え、“幸せで持続可能な地域”をつくる」(12月26日公開)
第2回 新しい風を入れることで地域の価値を見つめ直す
山形県では現在、地方創生へ向けたインバウンド拡大が大きなテーマとなっています。
県は、2020年までに外国人旅行者の受け入れ数を30万人にするという目標を掲げており、その施策の一つとして、とくに山形の精神文化に理解と関心の高い欧米豪からの旅行客をターゲットした『精神文化ツーリズム』事業にも力を入れていきたいと考えています。
ゴールデンルート(有名な観光地)を巡るツアーや、食べ物や買い物だけを楽しむツアーとは一線を画し、より“体験”を重視し文化を理解してもらうことを目的としているのが『精神文化ツーリズム』です。
現在、地域の方とともに訪日外国人向けの“精神文化体験プログラム”をつくるお手伝いをしている会社の一つが「株式会社めぐるん」です。
めぐるんが提供している訪日外国人向けプログラムの中で、インバウンド受け入れを行っている地域の方たちは、海外からの観光客にどのように対応し、どんなことを感じているのでしょうか? 地域の文化や伝統を守りつつ、受け入れに前向きに取り組んでいる方々にお話を伺いました。
歴史を受け継ぎながらも、時代とともに変わる在り方
出羽三山神社の門前町であり、江戸時代には約300軒の宿坊が軒を連ねていたといわれる手向地区では、今も30軒ほどの宿坊が古来からの営みを続けています。しかし、時代とともに宿坊の在り方も変わりつつあり、一部の宿坊ではインバウンド受け入れにも前向きに取り組んでいるとのこと。三百数十年の歴史を持つ宿坊『大進坊』の早坂一広さんも、その一人です。
▲『大進坊』の早坂一広さん
「宿坊というのはもともと、特定の地域から先祖代々お参りに来る講中(信仰者の組織)の方々だけを受け入れていたので、一般的な宿泊施設とは異なるものだったんです。でも、だんだんと講中の方も少なくなり、一般の方も受け入れるようになってきました。
うちは今、一般の観光のお客様の約半数は海外の方です。宿坊に泊まる人の数も年々減ってきているので、海外からのお客様が来てくださるのはとてもありがたいことだと思っています。今はまだ一部の宿坊でしか海外の方を受け入れていませんが、これから少しずつ広まっていくのではないでしょうか」
――海外の方はどういう目的で来ているのでしょう。
「欧米のお客様がほとんどなのですが、じっくりと出羽三山を巡ることを目的に個人でいらっしゃる方が多いですね。ホテルに泊まるという選択肢もある中で、宿坊を選んで宿泊するということは、精進料理やここの雰囲気、人など、宿坊独特の何かに対して価値や魅力を感じていらしているのではないかと思います」
情報交換しながら、受け入れ体制を整える
――海外の方を受け入れることに戸惑いはありますか?
「そもそも宿坊が一般のお客様を受け入れはじめてからまだ日が浅いので、旅館業としての経験もあまりなく手探りでやってきたということもあり、戸惑う部分は多いですね。とくに海外の方の場合は言葉の壁もありますし…。でも、みんなで情報交換したりしてだんだん慣れてきたかなとは思います」
――どこで情報交換しているのですか?
「精進料理をPRしいていこうということで立ち上げた『精進料理プロジェクト』というネットワークがあるのですが、そこでうちと同じように海外の方を受け入れている方たちとつながって…。いろいろな話をする中で、食事用のテーブルを用意したり、wifiを使えるようにしたり、トイレを洋式にしたりと、少しずつ改善しています。部屋も、昔は相部屋でしたが、仕切りをつけてプライバシーを守れるようにしました。
外国人を受け入れている宿坊に常にお客様が入っている状態を、地元の人に見せるということも大事だと思います。それによって地元の人の意識も変わっていき、受け入れるところが増えていくといいですね」
ここにしかない宿坊の価値を伝えたい
――海外の方は、出羽三山の文化や価値を理解してくれていると感じますか?
「ヨーロッパにも古い建物はたくさんありますが、杉並木や石段というものはなかなかないので、皆さんとても感動されます。毎年、海外から訪れる観光客が減らないということは、それだけここに魅力があるんだろうなと思いますね。ここに来ていただければ喜んでもらえることはわかっていますし、それによって、我々もここの価値や魅力というのを再認識できます。
出羽三山の麓に宿泊するというのは、他のところに泊まるのとは意味が全く違うんです。そもそも宿坊は、単に寝泊まりするための場所ではなく、神聖な山に入るために心身を清めて準備をする場所ですから。そういったスピリチュアルなものを求めている方のニーズに応えることができているというのは嬉しいですね。
宿坊街というのはここにしかない文化なので、その価値を海外の人にもっと知ってもらえたらと思っています」
――今までの宿坊の在り方とは、ずいぶん変わってきていますね。
「今は宿坊にとっての転換期でもあるんです。信仰だけで訪れる人は減っているので、次の世代につないでいくためには昔のままではやっていけない。みんなそういう認識を持って一生懸命頑張っています。
今後も、羽黒山を訪れる人がいなくなることは絶対にありません。だからこそ、海外の方やいろいろな方を受け入れて宿坊を存続させていく必要があると思っています」
英語での情報伝達と意志の疎通が課題
――課題として感じていることはありますか?
「ネットに感想を載せてくれているのを見ると嬉しいですけど、やっぱり直接、意思の疎通ができたらいいなとは思います。ボランティアで通訳してくれる方がいればいいんですけどね。
本当は精進料理の説明やご祈祷の意味なんかも伝えられたらいいなと思うんですが…。たとえば翻訳のアプリを使うとか、英語の音声ガイドが自動的に流れてくるようにするとか、いろいろな方法を考えてはいます。
できれば単なる料理の説明だけではなく、バックボーンにある信仰なども説明したい。今は言葉が通じない分、表情や態度でおもてなしを表すように心がけています」
出羽三山の精神文化を語る上で、宿坊はなくてはならない存在です。外国人にも門戸を開くことでより多くの人にその価値を知ってもらい、この地域に残る貴重な山伏文化と山岳信仰の歴史を伝え続けてほしいと思います。
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めぐるんが提供しているプログラムでは、山伏修行などの体験だけでなく、訪日外国人に地域ならではの食文化も体験してもらいたいと考え、山形の文化や風土を知ることができるお店や料理をコーディネートしています。その一つが、『つかさや旅館』です。
精神文化を取り入れたオリジナルメニューを開発
開湯1300年という庄内最古の歴史を誇る湯田川温泉にある『つかさや旅館』では、めぐるんのプログラムに参加している海外からのお客様向けに、出羽三山地域ならではの精神文化をあらわす食を提供しようと、オリジナルメニューを開発しました。
「日本では古来から丸いものには神が宿ると考えられてきました。お供えのお餅もそうですが、白くて丸いものにはエネルギーが宿ると言われています。それにちなんで、ここでは料理をなるべく丸い形でお出ししようということで、『産霊(むすび)膳』という新たなメニューを考えました。胡麻豆腐も揚げ物も丸く成形し、お寿司は手鞠寿司に、おむすびもお漬物も丸くしています。なぜこういう形にしているのかという理由もきちんと説明してから召し上がっていただくので、お客様からの評判もいいですね。
めぐるんの方から、海外からのお客様向けに、ここならではのものを提供してほしいと相談されて考えたのですが、自分一人では思いつかなかったアイデアだと思います。
ずっと変わらないことの良さもありますが、常に新しいものをとり入れていくことも大事ですよね」
言葉が通じなくても気持ちで通じ合える
つかさや旅館では、若女将が学生時代に英語を勉強していたこともあり、日常会話程度の英会話はできるため、海外からのお客様を受け入れることにはあまり抵抗がないのだそうです。
「でも、全てを英語で完璧に説明する必要はないと思うんです。“わからないこと”がコミュニケーションのきっかけにもなるし、答えにたどり着くまでのやりとりが楽しかったりするので…。
英語が話せない従業員も海外のお客様と一緒に笑ってたり、日本語でもある程度通じていたりするので、相手を受け入れる気持ちさえあれば、通じ合えるのかなと思います」
(以前旅館に来ていた外国人研修生が作った旅館のマナーガイド。他の旅館でもぜひ活用してほしいとのこと)
インバウンド受け入れのために英語表記の環境整備を
ただ、海外からのお客様を受け入れることに、地域としての課題も感じているそう。
「鶴岡って、駅を降りてから誰に何を聞けばいいのかがわからないから不便だと海外の方に言われるんです。ときどきタクシーの運転手さんから「外国のお客様が何を言っているのかわからないので、ちょっと聞いてもらえますか」と、電話がかかってきたりするんですよ。だから、たとえば駅に誰か一人、英語が話せる案内の方がいてくれたらと思います。もしくは、外国の方向けの案内所を作るとか。バスの案内板の英語表記もあるといいですね。今は私が毎回、お客様に英語で書いて説明しているので…。来て良かったと思ってもらうためには、訪れた人たちにとって親切な場所であることがいちばん大切だと思うんです」
海外からのお客様に対する英語の対応を、地域の人たちが個々でやるのはとても大変なことです。英語版の案内ツールをはじめ、インフラや環境整備を行政がサポートしてくれることが望まれます。
(若女将が自ら作成した英語の温泉ガイドMAP)
地域全体でおもてなしの意識を持つことが大切
つかさや旅館の若旦那である庄司丈彦さんは、今後の課題を次のように語ってくれました。
「二次交通であるタクシーやバスの運転手さんにも、もっと情報提供して、理解してもらう必要があるのかなと思います。知人が駅からタクシーに乗ったときに「どこかいいところありませんか?」と聞いたら「ここは何もねえところだ」と言われてとてもがっかりしたと言っていたんです。相手が何を求めているのか、もう少しお客様の立場になって答えてあげてほしいですよね。
観光客の方が喜びそうなこういう場所があるよとか、今の時期はここでこういうイベントをやってるよとか、そういう情報交換をしながら連携していくことが大事なんだと思います」
旅人が文化をつくる
「僕が大学で文化人類学を学んでいたときに一番印象に残ったのが『旅人が文化をつくる』という言葉です。僕たちが普段、生活をしているだけでは気づかないことを、旅人が教えてくれる。観光業に関わる人たちは、旅人と常に接しているので、僕たちが気づいたことを地域にフィードバックできれば、地域の人たちももっといろいろなことに気づけるのかなと思います」
外国人旅行者と接する中で感じたことを地域の人に伝え、地域の人たちからもさまざまな情報を提供してもらえるような情報交換の場や仕組みがあれば、インバウンド受け入れに伴う課題解決やサービスの向上にもつながるのかもしれません。
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めぐるんのプログラムの中で、庄内の食や農業の魅力にも触れてもらおうと案内しているのが、鶴岡の農家レストラン『やさいの荘の家庭料理 菜ぁ』です。ここは有機無農薬栽培にこだわった米と野菜づくりをしており、庄内の風土に育まれた食材の美味しさを堪能できます。店主の小野寺さんは、“食事だけではない価値”を提供したいという思いで海外からのお客様をもてなしています。
▲農家レストラン『菜ぁ』小野寺紀允さん
食事だけではない、ここで過ごす時間の価値を
「うちのお店は、出羽三山や山伏修行以外の庄内の魅力に目を向けてもらう“つなぎ”の役割だと思うので、ここで食事をしながらいろいろな話をして、庄内の地域性や人間性を知ってもらえればいいなと思って接客しています。
夕方早めに到着したツアーのお客様に、食事の前に農園案内をします。畑で有機農業について説明したり、いかに良い土をつくるかということや食の大切さについて話をするのですが、皆さんとても興味深く聞いてくれます。海外の方のほうが食への関心は高いと感じますね。
食事が美味しかったと言っていただけるのも、もちろんありがたいですが、ここで過ごした時間が楽しかったと言ってもらえるのが一番嬉しいんです。僕は、料理を出すだけでなく、いろいろな形で楽しんでもらいたいという思いでやっているので…。畑を案内したり、話をしたりして、『知る・食する・体感する』という三位一体の価値を提供するのが理想です」
庄内全体がプラスのオーラをまとうように
小野寺さんいわく、庄内には「人と人をつなぐアナログなネットワークがある」とのこと。観光客の方から何か聞かれて自分では答えられないときは「あそこに行くと、もっと詳しい人がいるよ」と他の人を紹介するなど、自然に地域内でも連携しているそうです。
「みんなが自分のお店のことだけを考えていたのでは、地域としての存続は難しくなる一方。仮にうちのお店だけが良くても、他がどんよりしていたら、観光客の方はここに来て良かったなとは思わないですよね? トータルで良い印象を持ってもらわないと、もう一回来たいとか誰かに伝えたいという気持ちにはならないと思うんです。だから、自分のところだけではなく、他のところもつなげていって、庄内全体がプラスのオーラをまとっている状態にしたい。地域全体が良い雰囲気になれば、観光客の方も庄内に来てよかったと思ってくれるんじゃないかな」
地域のお客様を第一に、少しずつ間口を広げていく
そうは言っても、やはり一番大事にしなければいけないのは地元のお客様です。
「まずは地域の方に喜んでもらうことが大切だと思っています。だから、あえてメニューの英文化は控えています。やはり、こういうお店は地元の人に“自分の居場所”だと思ってもらえることが大事なので、アットホーム感はなくしたくないんですよね。
地元のお客様も大事にしつつ、視野を広げていろいろなお客様を受け入れていければ一番いいかなと思います」
違う価値観に触れ、客観的に地域を見つめ直す
海外からのお客様を受け入れることであらためて自分たちの地域の魅力に気づくこともあり、良い刺激を受けていると小野寺さんは言います。
「自分たちのことって客観的に見れないし、長く住んでいると地域の価値って見えづらくなってきますよね。そうするとマンネリ化してくる。だから、外部の人の目を通して地域を知ることは必要不可欠だと思っています。外国の方との触れ合いは、自分たちの地域を見つめ直す時間でもあるんです。
この先、お店を経営していくうえでも、地域を存続させていくうえでも『異なる価値観』というのが大事なキーワードになってきます。そこから新しいものが生まれるし、いろいろな角度から見ることで一つの価値がより深みのあるものになっていくのではないかと思います」
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山形には素晴らしい自然や文化、付加価値の高いものがたくさんありますが、地域に受け継がれている貴重な文化を次世代へと残していくためには、その価値を理解し伝えてくれる人が必要です。
めぐるんでは、山形の精神文化に触れたいという訪日外国人向けに、地域の方々と協力して、すでにある体験プログラムのアレンジや、新たな体験プログラムの開発を行っており、地域の観光資源を活かしながら、その魅力と価値を高めていくことで地元経済が循環するようにしていきたいと考えています。
2020年の東京オリンピックを控え、今後も増加が予想されるインバウンド旅行客を、地域の中で積極的に受け入れていくことは、地域経済の発展にもつながります。
山形の精神文化や食文化の価値を今こそ広く世界に発信し、インバウンド受け入れを地域活性化の一つのチャンスと捉えてみてはいかがでしょうか。
山伏修行体験、山寺、善寳寺、黒川能、西川町出羽屋など、海外の方向けに提供可能となったプログラムを順次こちらに掲載しています。
【株式会社めぐるん】
<取材協力>
【出羽三山 宿坊 大進坊】
【湯田川温泉 つかさや旅館】
【やさいの荘の家庭料理 菜ぁ】