こんにちは、(株)キャリアクリエイトの原田です!

原田

このコーナー「山形の「攻めの会社」教えます」では、働く人を応援する(株)キャリアクリエイトが、いつかは山形に戻ろうかと考えているビジネスパーソンの皆さんに向けて、山形県内で挑戦を続ける企業の姿をお伝えしています。

今回お邪魔したのは、新庄市で山形県内初となる食鳥処理工場を運営している「株式会社オールクリエーション」さん。スタートから1年半で、23人の社員を抱えるまでになった急成長している会社です。

山形支店長の内田 忍(うちだ しのぶ)さんにお話を伺いました。

山形支店長 内田さん

 

自社ブランド鶏「山形さくらんぼ鶏」を生み出した株式会社オールクリエーション

原田:自社ブランド鶏「山形さくらんぼ鶏」、順調みたいですね!

内田:ありがとうございます。

「山形さくらんぼ鶏」は、地元生産者と連携し、新庄市で独自基準で育てた鶏を仕入れて、加工して販売しており、現在では年間9万羽を出荷しています。おかげさまで、山形支店は、平成26年秋に数名でスタートしたのが、メンバーにも恵まれ、平成28年現在では23人の仲間と働いています。

燻製写真

(新商品の山形さくらんぼ鶏の燻製)

内田:さくらんぼ鶏の飼料には、山形県産の飼料米「ふくひびき」と、山形県産さくらんぼの果汁が配合されています。

原田:さくらんぼの果汁ですか?

内田:はい、商品として出荷できない“はじきもの”のさくらんぼを活用しているんです。山形県は、さくらんぼの一大産地ですから、まさに、この場所でしか育てられない鶏です。

果汁を絞る機械もあって、飼料もできるだけ自社で生産しているんですよ。

平成27年7月には、「山形さくらんぼ鷄」が商標登録され、現在は、地元スーパーに販売するほか、ホームページでの通販も可能になっています。

さくらんぼ

(山形県内産のさくらんぼを自社でジュースにし、飼料に加えている)

 

「これも運命かもしれない」という再会から、新規事業に発展

原田:オールクリエーションは元々は、全く別の業態の事業を行っていたそうですが、山形さくらんぼ鶏というブランド鶏が生まれたきっかけは、なんだったのでしょうか?

内田:はい、当社はもともと東京で不動産事業を主軸とした事業を行っている企業です。

東京にいる社長の喜屋武 修(きゃん・おさむ)が、様々な事業の一つとして飲食事業も手がけており、日本橋では「日本料理 海と」という日本料理店を運営しています。そこで使う食材の選定の際に、新庄市産の米に出会ったんです。

社長自ら、イベントのブース内で作業

(イベントのブース内で自らも作業する喜屋武(きゃん)社長)

原田:飲食店に提供するお米から、ブランド鶏を生み出すまでは、どんな経緯があったのでしょう?

内田:それが、本当に、人との出会いなんですよね。

東京の飲食店「海と」で使用される食材は、魚介は山口県、お米は新庄市のものと決まっていました。

そのお米を作っていた新庄市の米農家、佐藤さんがたまたまイベントで東京を訪れたときに、これも、たまたま立ち寄っただけのスーパーの駐車場で、隣に車を停めた社長とばったり偶然出会ったことがあったそうです。

当時、2人は「海と」とお米を通じて面識はあったものの、物理的に距離が離れているということもあり、個人的にべったり付き合うということはありませんでした。

だからこそ、「あの東京で、ばったり人と出くわすなんてこと、そうそうないよね」と二人は驚いて、「これも運命かもしれない」と思うには十分だったそう。

そこからビジネスの話が持ち上がりました。

社長のなかにすでにあった「鷄だ!」というひらめきと、佐藤さんの存在がパイプとなり、話は急速に進んでいきます。

 

オールクリエーションHPより抜粋。

(人との出会いから新庄に新期事業が)

原田:すんごい展開ですね。

内田:本当ですよね。オールクリエーションはもともと「海と」を経営して食の事業を手掛けてはいましたが、それが山形さくらんぼ鷄ブランドに繋がるとは、それ以前は誰も思っていませんでした。

そこから話はトントン拍子で進み、スーパーの駐車場で会ってから1年後の平成26年に新庄市福田の工業団地に工場が作られることが決定しました。

 山形新幹線の発着地、新庄。 豊かな自然に農産物が育まれる。

原田:なぜ、新庄だったのですか?

内田:やはり佐藤さんがいたからでしょうね。でなければ、山形のどこでもよかったわけですから。米沢でも、庄内でも。

 

 

 いざ稼働!と思いきや…素人軍団による、新規事業の立ち上げ

内田:平成26年には自社加工工場が完成し、私はこの段階で事務の一人として採用されました。

原田:新しい工場の立ち上げ、どうでしたか?

内田:それが…工場は完成した時点で、出荷されてくる鷄はまだいなかったんです(笑)

原田:さばくべき鶏の手当てついっていなかった!?

内田:はいっ(笑)。県外から親鳥を仕入れて、加工して出荷する日々でした。従業員も、工場長以外は鷄をさばいたことがなかった素人の集まり。講師を招くなどして、最初はキャーキャー言いながら、一から必死に勉強して手順を覚えていきました。

原田:卸し先はあったのですか?

内田:幸いなことに、山形では親鳥の需要があって、スーパー・ラーメン屋・そば屋などに卸すことができました。

肉そば

(肉そばなど、山形県内では親鳥を食べる文化がある)

 

原田:確かに、山形では親鳥を食べますね。

内田:ただ、立ち上げ当時は、私たちの加工技術が未熟で、「こんなもの売れるかっ!」ってお客様から返品されてそのまま廃棄することもありました。

今でこそ、コンスタントな出荷と冷凍技術などの導入によって最小限にすることができているものの、当時、せっかく心を込めてさばいた鷄が人の口に入らなかったことは、本当に辛かったです。

そこから練習を重ねて、みんなの加工の技術もメキメキ上がっていきました。

原田:新庄市産の鷄は、どうやって生産者を見つけたんですか?

内田:それが、先ほどの米農家の佐藤さんにさくらんぼ鷄を育ててもらっているんですよ。佐藤さんは米農家のかたわら、牛を飼っていたんですが、オールクリエーションと共同で牛舎を鶏舎に改装し、鷄を飼育しはじめたんです。

生産者の佐藤さん

 (米農家兼さくらんぼ鶏生産者の佐藤さん)

原田:牛舎を鶏舎に!?社長も佐藤さんも柔軟性ありますねぇ。

内田:はい。鶏は、雛の状態から約45日で出荷が可能になるので、2015年2月には佐藤鶏舎から純粋な新庄市産の鶏が初出荷されてきました。その日のことはよく覚えています。その鶏をさばいた日の夜に、市内の飲食店でみんな盛大に祝いました。焼肉屋さんに、なぜか鶏肉を持ち込みで(笑)

原田:その焼き肉屋さん、いいお店ですね(笑)

内田:社長は、みんなの笑顔の写真をたくさん撮って、東京に戻ってからそれをパネルにして事務所に届けてくれたんですよ。

『みんなの笑ってる顔が好きだから』って。

 

 

 生き物を扱う仕事

従業員の多くは、鷄を扱う加工のスタッフ。採用の前段階では、工場での作業の様子を見学することになります。

工場はラインごとに作業部屋が変わります。生きた鷄をコンテナから出してつるす工程があり、脱羽というお湯につけて羽を落とす工程、放血とよばれる血抜きの工程や、内臓をとりのぞく工程、最後に肉として解体する工程などがあります。どの工程もできなければいけません。

作業風景。手馴れた様子で鶏の解体を行っています。

原田:みんな、問題なく作業はできるものですか?

内田:今までには、見学の段階で「自分にはできない」と去る人も、やはりいましたね。。

 

ーはじめのころに入社した従業員の方にもお話しをうかがいましたが、「やっぱり、生きたものを…って、最初は抵抗がありました。入社の際にも考えて考えて決めた。慣れると、大丈夫」「どちらかというと女の人の方が度胸がいいのかも。でも男性でも慣れれば平気」「家で鶏が吊るされているところやさばいているところを見ていたから全然平気だった」「手慣れてくると面白くなってきた」など、それぞれでした。

新庄市には卵をとるために鶏を飼う家庭もあり、「鳥をさばく」という行為は、わりと一般的だという地域性があるそうです。ある従業員さんのお話では、「一番抵抗のあるところは、やはり鶏の首を落とすところだと思うけれど、その部分は機械がやってくれるからよかった」とのことです。

日々、消費される鶏肉は、こうやって人の手で処理され、食卓にのぼります。出荷された鷄肉はパックに「山形さくらんぼ鷄」のシールが貼られ、地元のスーパーではよく目にすることができます。食べる私たちは、そこに至るまでの過程に、どのくらい思いを馳せることができるでしょうか。

 

 

 「何もないところからの試行錯誤、やりがい」に、働く魅力を感じる

原田:会社の立ち上げからたった2年弱で、従業員さんの人数が爆発的に増えていますよね。

内田:そうですね。必要に応じて…。最初は加工のスタッフもいなくて事務数名だったのですが。気づいたら23名、あっと言う間です。女性の比率の方が高い職場です。でも、力仕事もあるので、男性スタッフのがんばりは助かっています。毎日、何百羽という数をこなさなければなりませんから。

(株)オールクリエーション山形支店

 ((株)オールクリエーション山形支店)

原田:お話しを聞かせてもらって、全てを一から自分たちの手で作り上げてきたという印象です。

内田:はい。本当は会社として成熟していて、決まりごとがあったほうがいいんでしょうけど、枠や形が定まっていない分、みんなで苦労しながら進んできました。掃除ひとつにしても、何が正解かわからない、鷄のさばき方にしても、当初は教わったらその通りにやるだけでした。

でも「本当にそれでいいのか?」という疑問も湧きますよね。いろんな方法があるなんてことも最初は知らないので、もっと効率良くやるにはと考えたり、ほかの工場を見学しに行ったりと、本当に試行錯誤の毎日でした。やることが最初からが決まっていたら、それ以上はしなくていい、となっていたかもしれません、と。マニュアルがなかった分「こうできる。もっとできる」と、自由な発想でやり方を追求していけました。自分たちで段取りを作ることができるのがいいんだと思います。

 

ー従業員のある方にお話を伺ったら、「自動車部品の会社で働いていたときは、ずっと同じ行程の仕事ばかりで面白みがなかった。今は、話し合いや工夫をして、自分たちで作っていくというのが、面白くてしょうがない」と、語ってくれました。

 

原田:上の人に何かを言われて、というだけじゃなく、自分で考えて作り上げていく、というのは素晴らしいですね。

内田:もちろん、ただ面白い・楽しいだけではないですよ。工場長、工場長代理など、ちゃんと周りを見渡して全体を締める人もいます。

原田:みんながすごくいいバランスで働いていますね。

内田:私も、最初は事務員として雇われたんですけど、「ほかの従業員より年上だから、みんな納得するし」という理由で、支店長になったんです。飲み会の席で、社長の喜屋武にぽんと肩を叩かれて「まあ、みんなのお母さんみたいにやってよ」と軽く言われて(笑)

なので、私も何もないところからの試行錯誤です。長としての権限を持っているというよりは、連絡係、調整係です。最初にしていた事務仕事と特に変わらないです。連絡経路が一本化したので、業務はスムーズになりました。たまに配送もするんですよ。そしてお客さまと直接お話しするのが楽しいです。昔からそういうのが好きなんですよね。

 

離れた場所にいる社長は、何かがあったらすぐに山形に来て、みんなと話をする

原田:お話しを聞いていると、社長の喜屋武さんは面白い人ですね。

内田:「山形さくらんぼ鶏」という名称は社長のひらめきで、「都会の人は、最上地方や新庄市は知らなくてもさくらんぼは知っている」「だめ押しに山形ってつければ完璧だ!」との一存で、あっという間に決定しました。社長も、とにかく決めたらすぐ、実行の人です。

原田:確かに、地元の人間は「最上(もがみ)」とか「新庄」とかつけたくなるんだけど、「さくらんぼ」を名称にするあたりが、有望な消費地である首都圏視点で参考になるますね。

内田:社長が次に何を発想するのか、全然想像がつかないので…。最近では「スモークをやるぞ!」の一言で商品が出来上がりました。輸出の計画も立てているようで、そしたら私たちは海外勤務!?なんて言ったりしてます(笑)。

(スタッフと一緒にイベント出店する喜屋武社長(中央)、内田さん(左端))

ーそんな喜屋武さんですが、内田さんはじめ従業員の方に話をきくと、並々ならぬ信頼を寄せられているのが伝わってきます。

内田:「やる、と決めたら自分で動く人なんです。やれ、ともいうけれど、自分が先頭に立ってやる。包丁を持って自分で鷄をさばいたこともあります。遠くにいても、私たちの試行錯誤はわかってくれているし、何かがあったらすぐに山形に来て、みんなとちゃんと話をします。

原田:内田さんにとって喜屋武さんはどんな存在ですか?

内田やっぱり社長だなあ、と思います。会社を経営していれば、きっと眠れない日もあって、絶体絶命なんていうこともあると思いますけど、そういうところは絶対に見せない。いつでも人に対する接し方は変わらないんです。飲んだら別人ですけどね(笑)

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(kitokitoマルシェで出店)

最近では月に1回、喜屋武さんはkitokitoMARCHE(キトキトマルシェ)でのイベント販売のために新庄市へ来るので、前の日は必ずみんなとお酒の席を囲むそう。

内田:打ち合わせだって言われて行くと、打ち合わせなんてあっという間に終わって、飲むだけです(笑)

原田:コミュニケーションを大事にされてるんだ、きっと。

内田:人が会社の財産、そう思ってるから、みんなのことを大事にしてくれるんじゃないかな、と思います。

原田:離れた場所にいる社長と従業員との意思疎通が、ここまでできることにびっくりしますね。

ー従業員の方も、
「山形に来ると、ここ(休憩室)でみんなと一緒にご飯を食べて、冗談も言うし場も盛り上げてくれる。その人ひとりひとりのことを覚えていて、離れていても性格とか気持ちとかをちゃんと見てくれている。それはすごいと思う」
と言っていました。
「褒めてるんじゃないけど」
という一言に、お世辞じゃない本音が見えます。

 

 

ブランド鶏「山形さくらんぼ鷄」の今後

内田:まずは地産地消、そこから県外へ発信していかなければなりません。現在、鶏の卸し先は地元スーパーが主ですが、最近ではスモークを新しく開発するなど、内臓(モツなど)の販売、その他加工品の商品開発など、手がけていかなければいけない事業は山ほどあります。

燻製写真

原田:仕事はいくらでもありそうですね。

内田:そうなんです。来年からは、自社で鶏の生産も始める予定なんですよ。

 

原田:山形さくらんぼ鷄、ますます拡がっていきそうですね!

内田:社長が何かを思いついて「やれ」といったら、いつでもそれに答える準備はありますよ(笑)

 

 

 編集後記

従業員さんたちも、さばいた鶏を使った「商品製造ができたら面白い」「販売もやってみたい」と、展望を語ります。地元の人材の育成に向けて、高校生の雇用も検討しているそうです。

「都会の力」と「新庄の力」が掛け合わさった勢い良く立ち上がった事業だと思いました!
このようなコラボレーションをどんどん作っていくことがヤマガタの未来を開いていくことになるんだと思います。
喜屋武社長は沖縄出身の方だけど、「次は、俺がやってやる!」という山形出身のUターン希望者が事業を起こしてくれることを期待してペンを置きます。

 

「株式会社オールクリエーションHP」 http://www.allcreation.jp/pc/index.html

「日本料理海と」http://www.kai-to.jp/

「山形さくらんぼ鷄」http://allcreation.shop-pro.jp/

 

※この記事は、東北経済産業局「平成28年度東北地域中小企業・小規模事業者人材確保支援等事業((2)事業)」の一環で制作しました。

Profile

内田 忍さん

株式会社オールクリエーション山形支店 支店長
元荘内銀行に勤務。
事務としてオールクリエーションに入社後、支店長に就任。
社内のお母さん的存在としてスタッフに慕われている。

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