山形市にある(有)富士紙器は、主に運送の用途で使用される段ボール箱の製作・販売をする企業です。しかし、近年ではそれまでの段ボール業界にはなかった製品を生み出し、新しい試みとして注目を集めています。

その製品は、段ボール製の椅子「猫田君」。軽くて丈夫、そして安価。段ボールという素材の特性をいかし、また、かわいらしい猫の表情が型抜きで描かれた、とてもユニークなデザインになっています。自社で扱う製品の素材に着目し、新製品を生み出したのは、同社の専務を務める瀬川宗穂氏。猫田君プロジェクトについての会話の中には、チャレンジを続ける氏の仕事観や、夢が詰まっていました。

 

30歳になりはじめたこと。

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大学に通っていた頃は、将来は起業して自分の会社を持とうって思っていたんだ。だから、卒業が近づくにつれ、起業するか家業を継ぐか、それとも就職するかで悩んだよね。最終的には自営をするときの勉強にもなるからって、就職の道を選んだ。在学中から起業家の本を読み漁っていたけど、なんせスキルがなかったからね。30歳までは勉強させていただこうって、就職することにした。だけどさ、内心焦っていたよね。だって、世の中見渡したら、在学中に起業する人なんてたくさんいるでしょ?

比べて、俺なんて一旦は就職して、30歳になったら〜なんていってるんだから。そのときは、本当にもっと準備しておくべきだったなぁって反省したよ。だけど、俺は勉強を頑張っておぼえるタイプじゃなかったし、失敗を積み重ねて経験して理解するタイプだとわかっていたから、勉強させてくださいって、一生懸命仕事をさせてもらったよ。

前職ではガラスを扱う会社で技術職に就いていたんだけど、それこそ全社員の中で一番出来が悪かったかも。失敗はかなりしたなぁ。会社からはこいつつかえねーなー、どんだけ失敗するの、と思われていたんじゃないかな。でも、同じ失敗はしないように心がけてた。失敗は経験になり、次は成功の確率が上がるから。俺もそうだったから、若い人には失敗は恐れないで欲しいと思うよ。うん、自分のためになるしね。就業中はほんと失敗ばかりしてすみませんでした。でも、本当に良い経験をさせてもらったし、おかげでたくさんのことを学ばせてもらえたよ。他県への転勤も2回経験できたし、そして、山形に戻ってきたときにちょうど30歳になった。就職前から決めていたことだし、今までありがとうございました! って、退職したんだ。

そのあと、何かで起業するべきかどうかって悩みながら、しばらくは実家の会社に身を寄せることにしたの。親がどんな仕事をしているかも知りたかったしね。

 

 

初日から感じた、会社の違和感。

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でもさ、1日目からかなりの違和感を感じたんだよね。知っていたけど、会社には借金が結構あったし、自分たちの仕事の単価設定もされてなかった。工場内を見て回れば、パートさんが割り箸を使って切り目の入った段ボール箱の型を抜く作業をしてて、「この作業すると、手が痛くてしょうがない」って言われたよ。つまり、業務改善は全然されてないし、また経営する上での数字を誰も把握していない状態だった。

だから、まずは最初にストップウォッチを使って自分たちの作業時間を測り、相場と照らし合わせながら作業単価を決めた。また、型抜きをするときの道具も、工夫しながら自作したよね。そんなふうに、少しずつ改善を進めるしかなかった。

次に、会社が得意な案件ってなんだろうって考えて、機械に頼らない手作業の仕事を多くとることにした。手間がかかる作業だけど、人手を増やすことでしばらく回したよ。それでも、人手が足りないからって委託先を探し、現在は近所の刑務所にも協力してもらってるんだ。きちんと手作業の仕事を請け負える体制が整ったときには、俺が入った当初とくらべ、売り上げは3倍以上に伸び、思っていたよりも早く借金も完済した。でも、手作業の仕事の限界を感じていたなぁ。そんなこれからもっと頑張っていこうって思っていたときだよ、あのリーマン・ショックが起きたのは。

 

 

不況のときこそ、チャンスがある。

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段ボールの仕事って、値段がすべてだったりするんだよね。だから、例えば一方で50円、もう一方で49円だったら、間違いなく後者の段ボールを買う。期待されていることは、軽いこと、運べること、そして安いことだけなんだよね。デザイン性なんて求められていないし、ちょっと価格が下がっただけで損が出てしまうくらいに採算分岐点が低いの。なんとかして利益率や効率をあげる必要があったよね。だから、リーマン直後だったけど、今しかないって機械の導入を決めたんだ。段ボールを加工する機械ってさ、完全な受注生産なの。普段は注文をしたとしても、半年、一年待つなんて当たり前のことなんだ。その上、高額だし、大手でもなければ値段交渉なんかもしてくれないのよ。だけど、リーマン・ショック直後なんて、誰も買おうと思わないでしょ。待つ必要がないと思ったし、買い手がいないから価格交渉にも応じてくれたね。本当、すぐ決断して本当によかったよ。

そうやって、作業の大幅な効率化はできたんだけど、機械化の次は自社ブランドの開発をやろうって考えていたんだ。段ボールは価格だけの世界だから、100円のものを110円で売ろうじゃだめなんだ。例え1万円でも、これが欲しいってもらえるような自社ブランドのものをつくる必要があった。

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猫田君がデビューしたのは、「みんなの産業祭り」。参加してみないかって誘われたとき、以前から構想を練っていた段ボールの椅子を出そうって思ったんだ。だけど、素材が段ボールってなると、みんなどのくらいの値段だと思うかな。100円くらいでしょっていう人もいると思うんだよね。だから、人はどんなときにモノを買うのかを改めて考えて、ひとつの答えにたどり着いたんだ。「これは何だ?」って、なんだか分からないけどもの凄く気になったとき、人の心は動くだろうって。漠然と考えていた“段ボール製の椅子”は、より詳しく“子供用の段ボール製の椅子”とした。「子ども用の椅子ならお母さんが持ち歩く。持ち歩いてくれれば宣伝にもなる」って、少し視点を変えたらどんどん構想がふくらんでいって。そのとき、猫田君というキャラクターも生まれたんだ。背景にあるストーリーも考え、よしっ、これならお母さんにも子どもにも気に入ってもらえるぞってわくわくしたよね。

それなのに、当日売れたのはたった13個。自信満々で100個つくっていったのにね。でも、ひとつ分かったのは、みんな気にはなっているってこと。だって、遠くから「あれは何だろう?」って感じて見ててくれたから。でも、購入まではいかなかったんだろうな。

周囲からは色を塗った方がいいとか、デザインがそもそもダメとかって散々言われたよ。俺的には、段ボールという素材の特性をいかしているし、会社の技術である型抜きで、うまく猫を表現できたと納得していたもんだから、へこんだよね。でも、エクセレントデザイン2011で受賞したら、周囲の反応が180度変わったよね。ぶっちゃけ、俺って自信過剰なところがあるから、優勝狙ってたんだけど(笑)。とりあえず、安心したなぁ。誰かの真似はしたくないって模索して、「猫田君」にたどり着いて、それで世の中から認められたんだからさぁ。

 

 

箱という概念を崩し、世界を回る旅に出たい。

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それからは、aGareyという山形芸術工科大学(以下:芸工大)のプロジェクトにも参加して、パリで「Maison & Objet」という展示会にも出品させてもらった。その流れもあって、今は芸工大の教授と段ボールを使用した収納家具の企画を進めてる。これからは、箱という段ボールの既成概念を崩して、ほかの概念の商品をつくりだせたらいいなって考えているよ。だって、段ボールの需要って、考えられているより多くない。だけど、山形はもともと製造業が多い地域だったから、段ボールの需要があって会社の数も多いんだ。うちみたいな中堅クラスの会社が経営を継続していくためには、特化した自社製品が必要なんだよね。でも、猫田君を担当しているのは俺ひとりだから、思うようには進められないでいる。本業である段ボールの仕事も増えているし、自社ブランドの企画までなかなか手が回らない。

その代わりじゃないけど、今はできるだけイベントに出店しているんだ。今年は、地元山形でもそうだし、青森や新潟、そして東京など、ほぼ毎週末出店の月もあるし、かなりの数のイベントに参加を予定しているよ。大変かって? まぁまぁハードだよ(笑)。自分の人生だから、動かなければはじまらないし、人生はたくさん動いて働いて、楽しめた方がいいからね。前向きでしょ、俺(笑)。

そして、個人的には50歳で仕事から離れたいと思っている。すぱっと離れるのは難しいだろうけど、できるなら今より自由にさせてもらって、日本全国、海外まで、各地を猫田君を売ったりしながら回りたい。本気でそう考えているのね。以前、知人とそんな話になったとき「瀬川さんは、もっとたくさんの人に出会いたいんだね」って言われたよ。考えてもいなかったけど、確かに今もできるだけ外に出てるから、きっとそうなんだろうね。そうやって、いくつになっても自分の視野をどんどん広げていきたいのだろうなぁ。

 

Profile

瀬川宗穂さん

山形市出身。30歳より実家の会社である有限会社富士紙器へ入社。現在は同社の専務取締役を務める。2010年より、子ども用段ボール椅子「猫田君」シリーズの企画・製作を手がける。県内外で開催されるイベントにも頻繁に参加し、本業である会社経営と自社ブランドの開発をすべく活動中。

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