山形県鶴岡市に、最先端のバイオテクノロジーを駆使して世界をリードしているベンチャー企業が存在することを、ご存知でしょうか。あのNASAも開発に取り組むも、その難易度の高さから開発を断念したと言われる夢の繊維、「クモの糸」。そのクモの糸の人口合成と繊維化に世界で初めて成功し、現在実用化に向けて奮闘中のスパイバー株式会社は、鶴岡市の先端研究産業支援センターの中にあります。

スパイバーとは、「スパイダー(Spider:蜘蛛)」と「ファイバー(Fiber:繊維)」を組み合わせた造語で、2007年に慶應義塾大学・冨田勝研究室から独立したこのベンチャー企業は、現在従業員約30名、平均年齢も20歳後半と、若くてエネルギッシュな人たちが集まっています。

 

 今回のやまがたで働く人

村田真也さん。

夢の繊維「クモの糸」の繊維化に、世界で始めて成功したスパイバー株式会社

 

そんなスパイバーで、糸つくる紡糸の技術の開発や紡糸機械の設計を担当している、村田さん。

村田さんは、1984年長野県生まれの28歳。小学生の頃に神奈川県横浜市に転居し、2003年に慶應義塾大学・環境情報学部に入学します。湘南藤沢キャンパス(SFC)に通い神経細胞のシミュレーションや遺伝子の保存性をテーマに研究を行いながら、入室していた冨田研究室でスパイバーを立ち上げた関山和秀さん(現:代表取締役)や菅原潤一さん(現:取締役 最高技術責任者)らと出会います。

修士課程を修了した2009年、金融機関向けのシステム開発を行う企業に就職します。証券会社向けのシステム関連部署での勤務を経て1年後に退職し、2010年5月にスパイバー社への入社とともに、鶴岡市に移り住みました。

スパイバー社で実際に紡糸したクモの糸。

 

夢の繊維「クモの糸」で、脱石油と持続可能な世界への貢献を目指す

クモの糸が夢の繊維と呼ばれる所以は、鉄鋼といった他の素材に比べて強くて伸びるという特性があり、衝撃の吸収性がずば抜けて高く、既存する素材の中では最高の強靭さを有するからだそうです。例えば直径が1cmのクモの糸があればジャンボ機を捕らえることができるといわれ、防弾チョッキに使用されている繊維と同等かそれ以上の強度を備えていることも明らかになっています。

スパイバー社の本社がある鶴岡市の研究所

クモの糸の優位性はそれだけでにとどまらず、シルクと同じようにたんぱく質からつくられることも、次世代の繊維を考えるうえでとても大切であると村田さんは語ります。

「私たちが普段着ている服や、世の中で使用されている材料素材などは、石油からつくられているものがほとんどです。そもそも石油がなくなってしまうとそいうった素材がつくれなくなってしまうということもありますし、石油由来のものは分解しにくく、土に埋めても分解されないんですね。石油資源の枯渇と廃棄時のコストや環境負荷といった問題を解決するために、生物由来の新しい素材を提供したいと私たちは考えています。」

スパイバーでは遺伝子工学と発酵技術を用いて、クモの遺伝子からクモの糸を合成しています。遺伝子工学というとクリーンな研究室で難しいことをしていることを想像しますが、実際には山に分け入り草木を掻き分けながら、大量のクモを捕まえてくるということもしたそうです。頭だけではなく体を動かして取り組む姿勢が、この若い会社の根源にあるように感じます。

 

地元鶴岡の企業や工業専門学校とも連携し、世界に挑む

クモの糸の実用化にあたっては、言うまでもなく最先端の設備や高度な技術が必要でしょう。村田さんが担当する糸を紡ぐ機械の開発は、実は地元鶴岡の企業と連携して行っています。それほど鶴岡の技術レベルは高く、また、松ヶ丘開墾場の絹織物産業に代表されるように、昔からの紡糸の技術もとても参考になるそうです。

「鶴岡はiPadの部品などをつくる企業もありますし、金属加工などの技術レベルは高い水準にあります。繊維をつくる技術も高く、繊維業界でリタイアされた方も多くいらっしゃるので、いろいろなアドバイスを頂いて取り組んでいます。

糸をつくるという技術というところでは、少なくともスパイバーが最先端の技術を有しています。スパイバー以外にも、クモの糸のタンパク質を合成できている研究グループはありますが、大量の糸を作ることができているのはスパイバーだけだと思います。」

世界で戦う技術の開発に地元鶴岡の企業が関わっているということに、大変驚きました。

また、スパイバーは鶴岡工業高等専門学校とも関わりがあり、クモの糸が学生の研究テーマになっていたり、教授と共同研究を行うこともあるそうです。村田さんも時には足を運び、実験装置等の使用をさせてもらっています。

「鶴岡工業高等専門学校の学生さんは、とてもしっかりしていますね。そこらへんの大学生よりちゃんと勉強しているなと思いますよ(笑)。研究発表の場にお邪魔したこともありますが、質疑応答もしっかりとした受け答えをしていて、とても感心しました。」

世界の技術を牽引する企業の研究者の方から、こうして地元の学校や学生が褒めてもらえるということも、とても誇らしいことではないでしょうか。

 

体を動かして美味しいものを食べながらでないと、良いアイディアは生まれない。

庄内という、都会を離れた環境で研究をすることについて、どのように感じているのでしょうか。

「真面目に研究をしようと思うと、こうした静かな環境のほうがじっくり取り組めますし、変にせかせかしなくていいところが良いですね。自然の中でリフレッシュをしながら体を動かして美味しいものを食べながら出ないと、良いアイディアは生まれないと冨田先生が言っているんですが、それを体感できるところだと思います。

自分はフットサルもするんですが、都会と違って安くコートを借りられますし、順番待ちもなく比較的簡単に利用できる環境もありがたいです。山も海も近いので、冬はスノーボードをしたり、夏は海で泳いだりもします。

創造力を掻き立てるようなデザインの、社内休憩スペース。

あと、季節感を感じながら生きていられるところもいいですね、田んぼを眺めれば田植えの時期だなぁ、稲刈りが始まったなぁと思いますし、行きつけのお店の方からサクランボとか梨とか、旬の果物をもらうんですよ。自分は小学校2年生まで鶴岡よりもずっと田舎の長野県の村で過ごしたのですが、その頃の風景や気持ちが思い起こされるようなこともありますね。

あとは、人と人の距離が近いところも良いですね。お店の方と気軽に会話ができたり、ものを頂いたりします。こういったことは都会ではまず考えられないことではないでしょうか。」

都会にいたら話かけることがないような方にも、つい話しかけてしまうような、地方の力。自然と肩の力が抜けているような感覚を覚えます。そして何にでも貨幣価値がつきまとう今の時代、お店のおばちゃんから持っていけ~と差し出されるものから伝わる温かさに、素直に喜びを感じた経験を持つ方も少なくないでしょう。

 

日本の若者は元気がないといわれるけれど、そう言われているところに風穴をあけたい。

大企業に一度入社したものの、違和感を感じてベンチャー企業へ転職をした村田さん。安定や好待遇を捨ててでも、成し遂げたいと思うことはどんなことでしょうか。

「大企業に一度入社したことは、良かったと思っています。最初からスパイバーに入っていたら大企業のことは知らなかったですし、大企業でないとできない大きなこともたくさんあるのでとても勉強になりました。でも、安定志向で今までどおりのことをやっていけば、間違いなく日本の経済は右肩下がりになります。新しい事業をおこしていく必要があります。

スパイバーの仲間たち

経済成長の長期停滞や人口の減少といった問題から将来に希望が見出せず、日本の若者は元気がないといわれますが、そういわれているところに風穴をあけたいですね。

スパイバーという会社は、志がしっかりしている会社だと思います。世界が抱える課題を解決するために、自分たちは何をすべきかということを考えて、取り組んでいます。その一部としてクモの糸の開発があるわけです。誰かから言われたことをやるのではなくて、自分で課題を見つけて、誰も答えのわからないことに取り組むということは、難しいことではありますがとても充実感があります。

スパイバーでは会議もとても活発です。よくあるような、偉い人が話をして周りはそれを聞いて終わりということはなく、皆がばんばん意見を言い合います。相手がどのような立場にあっても気にせずに意見を言いますが、それはもちろんより良い方向性を探すためです。外部の方から会議に入ってもらうと、よく皆さんそこまで言い合いますね、と驚かれますが、それはとても自然でポジティブなことです。」

庄内は自然の豊かさや伝統文化・農文化などがよく称えられますが、科学技術の分野でもとても興味深い動きがあり、日本の未来を担う若い研究者たちがここ庄内で懸命に取り組んでいます。

最大の目標は「スパイバーを通じて社会に貢献すること」だと、瞳を輝かせながら語ってくださった村田さん。現状に希望を持てず無気力になるのではなく、前向きな思いで未来や目標を想像して、行動を起こしている若い研究者。

悲観的なことばかり言われる日本の将来ですが、村田さんのお話を伺っていると壮大なビジョンにわくわくします。スパイバーが目指す、社会への課題を解決するための画期的な技術改革と、GoogleやAppleといった企業と同様に世界へ名を馳せるような企業になるという夢が、叶う日も近いように思いました。

Profile

村田真也さん

出身 長野県
生年月日 1984年2月19日
URL スパイバー株式会社 http://www.spiber.jp/

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陽子佐野

ライター情報

佐野 陽子

1983年生まれ神奈川県出身。 早稲田大学商学部を卒業後、大手損害保険会社に勤務し丸の内OLを経験。 山形の在来作物とそこに関わる人々を描いた一...