「うちの地元、なんだか寂しいなぁ…」
たまに山形に帰省して、 そう感じる方も多いのではないでしょうか。

現在、山形県内における過疎地域は、全35市町村のうち21市町村。山形県が公表している人口ビジョン(令和2年改訂版)によると、高校卒業後、進学や就職で山形を離れ県外へ転出する若者は半数以上(53%)にのぼります。

あなたも、転出した1人ですか?

県外在住の読者からは「地元に戻っても仕事が…」「地域のために何かしたいけど、どうしたらいいかわからない…」 という声もよく聞きます。

今回ご紹介するのは、過疎化が進む集落で、地域資源を活用した新たな事業に挑戦している青年のストーリー。

この記事を読めばあなたも、今まで当たり前だと思っていた地元の魅力・価値に気づき、自分と地域の新たな可能性が見えてくるかもしれません。

「地元には何もない」「自分には何もできない」とあきらめる前に、ぜひ一度、読んでみてください。

みんな、どんな仕事をして、どんなことで悩んで、どんな夢を持っているの?
山形県内で働く20代社会人に、突撃インタビュー!!

ヤマガタ未来ラボ編集部では、山形で働く20代を“ミライさん”と呼んで、応援しています!

 

今月のミライさん★

五十嵐 丈(いがらし・じょう)さん

年齢:1993年生まれ
出身:鶴岡市関川出身
職業:羽越のデザイン企業組合副理事長。関川の伝統工芸である「しな織」の魅力や文化を伝える事業を手がけるとともに、NPO法人 自然体験温海コーディネットで観光コーディネーターとして自然体験プログラムの企画・体験サポートを行う。また、地域の文化や人々の姿を後世に残すべく、フォトグラファーとしても活動中。

 

山間の集落に残る貴重な伝統文化“しな織”

山形県鶴岡市温海(あつみ)地域。新潟県との県境にほど近い山間部に、「関川」という小さな集落がある。人口わずか128人。世帯数34。ここは、日本三大古布の一つである「しな織」の里として知られる。

◆しな織とは…
「シナノキ」という木の皮から作られる織物。シナノキは全国に生育しているが、雪深い地域の木の繊維は良質で、しな織に適しているといわれる。木の内皮を剥いで乾燥させ、細く裂いた繊維を撚り合わせて糸にし、織りあげていく。一連の作業には全部で22の工程があり、糸づくりから布になるまでは1年近くかかる。すべて手作業のため、大変な手間と時間のかかる稀少な工芸品だ(「羽越しな布」として国の伝統的工芸品に指定されている)。

関川地区は、県内でも有数の豪雪地帯であり、厳しい冬の間の貴重な収入源として女性たちは古くから「しな織」に携わってきた。しかし近年、急速な人口減少により、地域の存続が危ぶまれている。

関川出身の五十嵐さんは、そんな故郷の現状に危機感を覚え、地域の暮らしと文化を未来へつないでいこうと、仲間とともにプロジェクトを立ち上げ奮闘している。

▲関川集落(撮影:五十嵐丈さん)

鶴岡I.Cから車で約40分。国道345号線を南下し新潟方面へ。山道を進むにつれ道幅はどんどん狭くなり、左右の緑が濃くなっていく。

関川地区に入ると、日本海へと続く鼠ヶ関川がムラの真ん中をきらきらと流れている。雑木林と深い緑の山々に囲まれた静かな集落だ。澄んだ空気と木々のざわめきが心地良い。

▲ムラの人々はこの川で“しなの繊維”を洗う

「関川しな織センター」の駐車場に降り立つと、五十嵐さんが柔らかな笑顔で迎えてくれた。

地域の中でお金を生み出すために

五十嵐さんは現在、『羽越のデザイン企業組合』でしな織の文化や魅力を伝えるとともに、 シナノキを活用した新たな商品開発やデザインを手がける『umu project』のリーダーとして活動している。

「しな織は、一本の長い糸をつくるために糸と糸を繋ぐ作業があるのですが、それを「しなを績む(うむ)」と言うんです。そこから『umu project』と名付けました。」

▲しな織の織り機(撮影:五十嵐丈さん)

今の仕事に就く前は、銀行で働いていたという五十嵐さん。銀行員時代、毎日車で山を越えて通勤していたが、地域の外でお金を稼ぎ、そこでお金を使う自分の行動が、地域を貧しくする負のサイクルを生んでいることに気づいたという。

地域の外で働くのではなく、地域の中でお金を生み出す仕組みを作らないとダメだと思いました。」

銀行を辞めた後、かつて地域で一緒に活動していた冨樫 繁朋さんから声をかけられ『NPO法人 自然体験温海コーディネット』の一員として加わることに。

温海コーディネットでは、自然・文化を題材とした体験プログラムを提供するサービスを行っているため、地域にお金を生み出すことができる。さらに、しな織文化を中心とした事業を行うために、2018年『羽越のデザイン企業組合』を冨樫さんを含む総勢4人のメンバーとともに立ち上げた。

▲『羽越のデザイン』のメンバー(HPより

地域資源を活用して新たな事業をつくりだす

現在、『umu project』で販売しているのは、しなの花を原料とした化粧水と保湿クリーム、石鹸の3商品。以前はあまり注目されていなかった“しなの花”だが、あるとき、高い抗酸化作用があるとわかり、“しなの花活用プロジェクト研究会”で研究開発が進められた。

▲黄色く可憐な“しなの花”は、ほんのりと甘い香りがする(撮影:五十嵐丈さん)

しかし、そこでは商品化や販売ができずに困っていたところを、五十嵐さんら『羽越のデザイン』のメンバーが引き受けることに。事業化のための資金は、クラウドファンディングで集めた。プロジェクトは、「想いだけでは成功しない」と五十嵐さんは言う。

「想いも大事ですが、商品そのものの価値が高くなければ売れ続けることはできません。しなの花コスメは、4年かけて研究開発された商品。品質には自信があります。」

▲しなの花コスメシリーズ(撮影:五十嵐丈さん)

化粧水の生産量は年間170本程度だが、昨年の生産分は全て売れたという。

「主にネット販売ですが、東京のオーガニックコスメのお店でも売れていて、都会で暮らしながら自然のものを求めるお客様が買ってくださるようです。」

伝統を守るだけでは地域経済を潤すことはできない。時代に合った商品やサービスで新たな客層へアプローチし、市場を広げていくことで需要が生まれ、雇用にもつながる。そのサイクルができれば、地域の存続と文化の継承にもつながっていく。

外から見た地域の価値を伝える

山形県内の過疎地域は、面積にすると県全体の約70%を占める。それらの地域には恵まれた資源があり、豊かな自然や歴史・文化を形成しているものの、人口減少による担い手不足など多くの課題に直面している。(出典:「山形県過疎地域自立促進計画」)

地域資源の活用こそが地域活性化の鍵となるが、地域にもともとあるものの価値というのは地元の人は気づきにくい。

「しな織は全国的にも珍しい木の皮から作られる織物で、地域の外の人には、貴重な文化として魅力を感じてもらえるのですが、地元の人たちにとっては昔から当たり前にあるものなので、その価値を感じづらいんです。

お客様に買っていただき、外の人から評価されることで、作り手も自分たちの仕事に誇りを持てるようになるのではないかと思います。」

だからこそ、五十嵐さんのように地域の魅力を外に発信し、外から見た価値を地域の人に伝える役割を担ってくれる人が必要なのだ。

「地域の中で、役割分担すればいいと思うんです。僕らが木をうまく切れないのと同じように、ムラの方たちは商品化したり伝えることは得意ではない。だったら、そこを僕たちがやればいい。

ただ、バラバラにやるのではなく、お互いにコミュニケーションをとりながら関係性を築いていくということが大事だと思います。」

自分を認めてくれた地域の人たちに恩返しがしたい

なぜ、五十嵐さんはそこまで地域のために行動できるのだろうか?

「大学進学とともに新潟で一人暮らしを始め、友達と遊び回る生活を謳歌していたのですが、夏休みに帰省したとき、母から集落の世帯数がまた減ると聞いて、このままいったら、生まれ育ったムラがなくなってしまうかもしれないと危機感を覚えたんです。」

しかし「最初は、何をすればいいかわからなかった」という。それでも、とにかく何かしなければと思った五十嵐さんは、毎年集落で行われている『しな織まつり』を手伝いにいくことにした。(関川地区では毎年10月に、1,000人もの来場者が訪れるイベント『しな織まつり』が開催される。今年は規模を縮小して開催予定)

▲しな織まつり(撮影:五十嵐丈さん)

「そのとき、ムラのおばあちゃんたちが「帰ってきてえらいのぉ」と、褒めてくれたんですよ。ただ帰ってきただけなのに、そんなふうに言ってもらえることがすごく有り難くて…。それは、誰でも経験できることではなくて、僕がここで生まれ育ったからこそなんだなあと思ったら、込み上げてくるものがありました。」

自分を丸ごと認め受け入れてくれる地域の人たちのあたたかさに触れ、故郷の有り難さを実感したのだ。同時に、五十嵐さんの心の中に「地域のために何かをしたい、故郷に恩返しがしたい」という強い想いが芽生え始める。

やりたいことを実現するために必要なもの

「就活で自己分析をしたときに、僕にとっての「自己実現」は、生まれ育った関川のために何かをすることだと気づきました。地域の人たちの幸せが、自分の喜びや満足につながると思ったんです。」

そうして大学4年生の時、温海・関川周辺地域(福栄地区)の『地域活性化推進委員』に応募し、地域おこし協力隊とともに一年間活動。そのとき出会ったのが、冨樫さんだった。このご縁が、後に『羽越のデザイン』そして『umu project』へとつながっていく。

地域活性化推進委員として活動する中で、五十嵐さんは「この活動を事業につなげていきたいけれど、今の自分には、マネタイズや仕組みづくりをする力がない」と感じたという。

やりたいことを実現するためには、知識やアイデア、技術が必要だと思いました。」

しかし、就活ではなかなか「これだ」と思える仕事が見つからず、悩んだ末「地域のために何かするとしても、お金のことはついてまわる」と思い、銀行に就職。その後、銀行を辞めたタイミングで再び冨樫さんと出会い、事業をスタートさせることとなる。

誰でも、最初からやりたい仕事ができるわけではない。自分の求めるものと足りないものを明確にし、経験を重ねながらスキルや知識を身につけていけば、必要なタイミングで必要な出会いが訪れるのだろう。

自分自身と向き合い、自己分析を続けた思春期

五十嵐さんは、進学のために一度地元を離れたが、関川を出たいと思ったことはないそうだ。市街地から離れた山間部に暮らしながらも、田舎の不便さはあまり感じていなかったという。

「子どもの頃から、欲しい情報はネット見てましたし、ユーチューブを見ながらいろんなことにチャレンジしてましたね。同級生が4キロ離れた隣のムラにしかいなかったので、必然的にパソコンに向かうようになったんだと思います。ネットでは、さまざまなプロの人たちが有益な情報をたくさん発信してくれているので、それを見て勉強するのが楽しかったんです。地方にいても、意欲さえあればネットでいろいろなことを学べるので、いい時代ですよね。」

(イメージ画像)

てっきり、子ども時代は山を駆け回っていたのではないかと勝手に思っていたが、その予想は見事に裏切られた。また、パソコンに向かう時間と比例して、自分自身と向き合う時間も多かったという。

「関川地区は、自然が豊かというだけでなく、娯楽がない分考える時間がたっぷりあるという意味での豊かさもあるのかなと思います。

長い時間をかけて自己分析を繰り返してきたおかげで、「何のために生きるのか?」という人生最大の問いに対する自分なりのロジックができあがったと思います。」

地方と都会のメリット・デメリット

若い人たちは仕事の選択肢や生活の利便性などを考えて、地元に残る(戻る)か、県外に出る(戻らない)か迷っている人も多い。

「僕も一度、東京に行こうかと考えたことがありますが、何年後に戻ってこられるかを考えたときに、それまでこの集落が残っているだろうか?という不安がありました。だったら、こっちでやりたいことに挑戦したほうがいいと思ったんですよね。

迷っている人は、山形に戻ってくる場合と、戻らない場合のメリットとデメリットを具体的に書き出してみるといいですよ。“なんとなく”ではなく、頭で理解して納得できると一歩踏み出しやすいんじゃないかな。」

五十嵐さん自身も、就活のときに地方と都会の暮らしをシミュレーションし、比較してみたそうだ。

(イメージ画像)

「地方にいても、買い物はネットで注文できるし、食料はある程度自給自足できる。東京は地価が高かったり人口密度が高いことを考えると、僕にとっては、都会で暮らすメリットをあまり感じられませんでした。今はネットで新しいこともどんどん学べるので、やる気さえあれば住む場所に関係なくどこでもフラットに戦える時代だと思います。」

『都会=便利』『地方=不便』というステレオタイプなイメージは、もはや過去のものだ。オンライン化が加速し、ワーケーションやリモートワークなど、場所にとらわれない働き方が広まりつつある今の時代、重視すべきは「どこで働くか」よりも、「何のために働くか」なのかもしれない。

時代に合わせて柔軟に手段を変えていく

五十嵐さんに、今後の活動と展望について伺った。

この地域の自然や文化を次の世代につないでいくことが僕らの役割。それが地域への恩返しにつながると思っています。

深い緑に包まれ、山々に守られているかのような関川集落

ただ、目的を達成するには、段階が必要です。世の中が大きく変わりつつある今、もっといい方法があるんじゃないか?と、日々トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、より最適な手段を模索しています。

手段は時代に合わせて変えていけばいいと思うし、自分のやりたいことと世の中が求めているものを合わせていくことが、大切なんだと思います。」

地域存続の危機という困難な状況に立ち向かっている五十嵐さんだが、そこに悲壮感や頑なさはまったくない。むしろ、その表情は明るく軽やかだ。別れ際、五十嵐さんは「“正しさ”も大事だけど、“楽しさ”はもっと大事だと思うんです。楽しいところに人は集まる。だから、楽しくやっていきたいですね。」と言って笑った。

シナノキは、高く真っ直ぐに伸びる。その木質は軽くて柔らかい。
生まれ育ったムラで、自分らしくしなやかに生きる五十嵐さんの姿が、シナノキと重なって見えた。

▲シナノキ(写真提供:五十嵐丈さん)

もし、あなたが「山形に戻りたいけど、どうしよう…」と悩んでいたり「地元のために何かしたい」と思っているなら、まずは地域の人と話したり、伝統や文化を見つめ直すことから始めてはいかがだろうか。「ないものを嘆く」のではなく「あるものを活かす」視点で地域と向き合えば、新たな可能性やあなたにできることがきっと見つかるはずだ。

【地域産物販売・しな織製品展示販売】
日時:2020年10月24日(土)9:00〜16:00、25日(日)9:00〜15:00
場所:関川しな織センター(山形県鶴岡市関川222)
お問い合わせ:0235-47-2502

◆羽越のデザイン企業組合 https://www.uetsuno.com/
◆umu project https://www.umupj.com/
撮影協力:関川しな織センター

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