置賜は国のまほろば菜種咲き 若葉茂りて雪山も見ゆ(結城哀草果)」。

歌にも詠まれる置賜地方の東部に位置する、山形県高畠町。”まほろば“とは住みよい場所や素晴らしい場所を指す古語で、山々に囲まれた広い平地にあり農作物に恵まれる高畠は「まほろばの里」のキーワードで町興しをしています。

 

この地域を、『日本にこんな場所があるんだ』って驚かれるような場所にしたい

横浜からこの地に移り住み、農業を営みながらさらなるチャレンジを掲げるご夫婦がいます。

目指すのは、ブドウ栽培×ワイナリー×販売の6次産業化、そして最新のシステム・技術を使った多様な人々が働ける場づくり

縁もゆかりもなかった高畠に惚れ込んでゼロから農業を始めたお二人の暮らしと、夢の広がる壮大なプロジェクトを取材してきました。

横浜から移住して20年、高畠に魅了された夫婦の暮らし

中村さん_家の前

米沢市との境に位置する高畠町上和田地区で、木材をふんだんに使った一軒家に住む中村晃さん・祐子さんご夫妻。

晃さんは神奈川県出身、祐子さんは宮城県出身。

結婚後、横浜で暮らしてきた二人は、20年前、ふとしたきっかけで高畠町に移り住み、果樹や野菜、花の栽培をしながら暮らしています。

(晃さん)「このあたりがブドウ。向こうがリンゴの木、あれがサクランボ……柿もあるんですよ。今は全部自宅用に作っています。加工して保存したり、周りの人にあげたりして。

うちのは、実がなってからは一切農薬を使わない。だからよく鳥とかに食べられちゃうんですよ。ネットかけててもうまーく入り込んでくるから、1個も収穫できないなんてこともあるんですけどね(笑)」

中村さん_収穫りんご丁寧に育てられた果物のおいしさは抜群。蜜がたっぷり詰まっている、濃厚な味のリンゴです。

(祐子さん)「土が豊かだから、ブドウもラ・フランスも何を作ってもおいしんですよ。”まほろば”って言われるのも本当だな、と思いましてね。

ちょっと人が少なくて寂しいとこではあるけど、でも、賑やかなところだったら横浜からわざわざ移ってこないんですよね。ちょっと散歩すれば蔵王が見えて、光が少ないから夜は星が綺麗で。そんなことをウォーキングしてる時に地域の人たちに言うと、『そんなこと意識したことなかった、中村さんから聞いて初めて知った』ってよく言われるんですけどね」

二人のお孫さんたちは東京在住。「高畠駅は新幹線が止まるから、すぐ東京にも行けるのがいいんですね。孫の幼稚園の入園式、卒園式など行事はぜーんぶ見に行くんですよ。この前は発表会を見てきましてね」と、顔をほころばせる祐子さん。

長期休みになると、お孫さんたちも高畠町まで遊びにやってきます。米沢牛の豪華なバーベキューでもてなし、綺麗な星空の下で花火をしたりゲームで遊んだりするのが何よりの楽しみなのだそうです。

 

移住の決め手は”直感”。親戚も知人もいない地への移住を決意

山形にゆかりのない二人が、なぜ高畠に家を構えることを選んだのでしょうか。

長年横浜で暮らす中で、最初に県外へ足を運び始めたのは祐子さんだったといいます。

(祐子さん)「初めは、移住するところを探そうとか、そこまでの気持ちでは全然なかったんです

私、子どもが生まれた頃からずっと家庭菜園が好きで。横浜にいるときも家の近くに場所を借りて、土いじったり野菜作ったりしてましてね。やっているうちに、もう少し広いところでやってみたいな、いいお庭がある場所がないかなというくらいの思いで探し始めたんです。

それでいろんなところを見るうちに、農業体験ツアーに参加するようになって、全国の農家を回って手伝うということをやっていました。土地を探しに山梨とか長野まで、電車を乗り継いで行っていました。

こういうツアーに参加する人って定年後に住む田舎を探しているとかで、大抵ご夫妻で参加するんですよね。一人で来る人なんかほとんどいなかったんだけど、私はずっと一人でいいとこないかなあって探してたんです(笑)」

自分の求める土地を探して4カ所ほど回った祐子さんでしたが、ピンと来る場所がなかったのだそう。当時、晃さんは東京での仕事も忙しく、農地探しにはほとんど参加していませんでした。

中村さん_家の看板

ある時、いつものように出掛けていた祐子さんから晃さんに突然、「私、ここに住みたい」と電話が入ります。

(祐子さん)「移住のパンフレットを見ていたら高畠の上和田地区のことが出ていて、町の担当の人に電話して一回遊びに来てみたんです。駅まで新幹線で来て、そこから車で迎えに来てもらって。10月か11月だったのでちょうどリンゴがたくさんなっているときでした。

車から降りて空気を吸った瞬間に、『あ、ここだ』と思ったんです。他に初めて行って『ここだ』なんて思った場所はなかったんですよ。空気がよかったのか、なんとなく運気がいいという感じで……。もう、すぐに主人に電話したんです」

しばらく後に晃さんも高畠を訪れ、夫婦そろってこの土地を気に入ることになりました。

(晃さん)「同じような山の中でも、山が迫ってきていて開放感がないところもあるんだけど、ここは何も遮るものがなくて夕焼けも綺麗だし、本当にいい場所だなと。縄文のときから人が住んでたっていう洞窟とか、山形におられる方にもあんまり知られてない歴史的なものもあって。もっと宣伝すればいいのになと思うんですけどね(笑)」

意志を固めた二人は土地を購入。祐子さんはひと足先に2000年に一人で移り住んで農業に精を出し、晃さんは仕事の合間に新幹線で月2〜3回高畠に通うようになりました。

 

ツテもなし、経験もなし。ゼロから学んだ果樹園づくり

とはいえ、果樹についての知識は全くなかった二人。高畠に土地を買うということに決めてから、「たまたま高畠では果物栽培が盛んだった」という理由で興味を持ち、勉強を始めることになりました。

中村さん__社長時代東京勤務時代の晃さん。雑誌の表紙を飾ったこともある

(晃さん)「ずっと会社をやっていたので、果樹栽培なんてやったことなかったけど、どうせ高畠に来たならちゃんとやりたいじゃないですか。まずは本をたくさん読んで。町の委員会に入ったり飲み会に出たりして、どういう風に枝を伸ばすのか、どう剪定するか、いろいろ聞きましたね。

ここは県の外から農業を勉強しに来る人も多い土地で。そういうものに慣れているのか、町の人はみんな親切に教えてくれるんです。でも、聞かないと教えてくれないからちゃんと何が分からないかを自分から聞きに行かないとだめなんですよ。みんな自分なりのやり方があるから一人だけじゃなくていろんな人にも聞いて、何がいいか考えながらやりましたね。

何も知らなくても、育ててみようという気持ちがあれば何の問題もないです。自然のものは、子どもみたいにいつの間にかちゃんと育ちますから(笑)

(祐子さん)「私、ブドウ狩りにも行ったことがなかったんだけど。高畠に来てからデラウェア栽培の勉強会にはずっと参加していて、いろいろ聞きながら手を掛けてやっていたらすっごいブドウがなったんですよ。そのときは、本当に嬉しかったですね。」

中村さん_ブドう手作りのブドウジュースと、ブドウソースがけヨーグルト。「果物を育てている人の贅沢ですね」と祐子さん。

親戚も知り合いもいない場所で、人に頼りながら自然と地域になじんでいった中村さんご夫妻。晃さんも前職を退任し、2007年からは高畠で生活するようになりました。取材中にもご近所の方から「白菜漬けたくさん漬けたから持っていくわ」と電話が入り、地域の一員になっている様子が感じられます。

そんな二人に移住暮らしのポイントを聞いてみました。

(祐子さん)「かっこつけないでここに溶け込む、同じように生活するということですかね。この土地に後から入らせてもらうんだっていうことを、意識していないといけないと思うんです。コミュニケーションはどこの場所でも大事ですよね」

(晃さん)「周りを見ていても、旦那さんが移住する場所を決めても奥さんが『この土地は嫌だ』っていう場合だと長続きしないと思うんですね。奥さんが気に入った場所っていうのが大事なのかな。やっぱり地域でいろいろ人間関係を作っていくのは、うちもそうだけど女性の方がすごいですし、私はここでは『奥さんの旦那』としてやってますから(笑)

あと、移住はできるだけ若いうちの方がいいなと思います。人間関係を作るにも、金銭面でも。うちはまだ現役で働いていた頃に決めたから家も建てられたし、若いときからプランを建てておくことが大切でしょうね」

 

高畠の未来をつくるプロジェクトが進行。「日本にこんな場所があるんだと驚かれる地域に」

そんな晃さんが、10年ほど「地域への恩返し」として温めているプロジェクトがあります。

中村さん_ブドウと

「この敷地に6次産業化の場を作りたいと思っていて。

1次産業としてはブドウを育てる。2次産業としてはワインを作る、つまりワイナリーにする。3次産業としては作ったワイン、それから他の山形の物も売る場を作る。

大手ワイナリーを除いて、日本で一番大きいワイナリーにしたいんです」

晃さんの構想では、ブドウ畑やワイナリー・店舗の他、敷地内にコンサートステージやキャンプ場の設置も計画されています。

町外の人がイベントに遊びに来て、ワインを楽しみ、夜はバーベキューをしてそのまま宿泊できる、そんな一種のテーマパークのような場所になるかもしれません。

さらに、晃さんは最新技術にも注目。

「今、期待しているのは自動運転技術です。例えば東京の人が新幹線で高畠駅まで来たら、自動運転の車がGPSを頼りに駅まで迎えに行く。それだとお年寄りも駅まで来れば自分で移動できるなと。今は駅から遠いとどうしてもタクシーが必要だったり誰かに車を出してもらわないといけなかったりして、高畠に遊びに来るハードルが高いんですよね。

それから電気は太陽光発電にして、全部自家発電で賄うということを考えています。

ロボットとか新しいシステムも使って、ハンディキャップがある人も雇いながら、誰もが活躍できる場所にしようと思います。ここではテレワークもできる、少しだけでも働ける、そんないろんな働き方が認められるところになったらいいですね」

中村さん_畑で語る

「この計画を進めるには、上和田じゃないとだめだよな、と思ってるんです。周りに山があって、借景があって綺麗なこの地区で。

お世話になった上和田に恩返しするということでもあります。日本にこんな場所があるのかという驚きと、行くだけの価値があると思われる場を作って、交流人口を増やしていきたい。まずは『ここに来れば何かがある』と思ってもらって、気軽に遊びに来てもらえたらいい」

 

必要なのは情熱と決意。構想をともに実現する次世代を募集中

これまで東京で活躍してきた晃さんの人脈もあり、既にいくつかの事業者と具体的な話も進んでいます。ワイナリーを作るための勉強として、いくつかのワイナリーの視察にも行っているそうです。

「先日、ドイツワイン愛好家を指すドイツワインケナーの資格も取りました。試験にはワインのことだけじゃなくて、ドイツの文化、歴史などいろんな問題があって、もう受験勉強みたいに夜中まで勉強していましたね(笑)」

ブドウ▲食用のブドウの実がなる頃の様子(写真は中村さん提供)

構想の実現のためにいくつか乗り越えるべき壁はありますが、今、最も必要なのは「人」だといいます。

「地域でワイナリーを作る勉強会をやったこともあるのですが、なかなか人がいない。ブドウ栽培の事業、ワイナリー事業、販売やブランディング、それぞれで先頭に立って取り組んでくれる人が必要です。県外からでも、専門的な知識はなくても大丈夫です。ワイン造りには数年修行が必要だと思いますが、実際、最初は私も何も知らなかったところから始めたんですから、本気でやってみようという気持ちさえあれば大丈夫です(笑)」

中村さん_庭でお二人

ここからプロジェクトを立ち上げるには時間がかかり、すぐにワインを作ってお金を稼げるわけでもありませんが、初めは新規就農の支援制度を利用して補助金を受け取ることもできます。

自分から行動してモチベーションを維持できる、情熱と決意を持って立ち上がる若い人がいたら、と思っています」

 

広大な自然と肥沃な土壌を武器に、豊かな暮らしを育んできた高畠町・上和田地区。

この地でさらなる”新しい世界”を作り上げる挑戦に、期待が高まっています。

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