はじめまして。今秋からヤマガタ未来ラボにコラムを書かせていただけることになりました、佐藤優人と申します。

余目中学校、鶴岡南高校を卒業し、早稲田大学に入学するも、早々に規範的学生生活たるものを放り出し、やれ人生の飛び級だ、これがフリーランスだと、諸所でのアルバイトや「お手伝い」、人のつながりとそれに伴う世界の広がりのみで食い繋ぐ、青くも熱苦しい、それなりにバルキーな人生を送ってまいりました。

2011年の震災年に4年住んだ中野から庄内町(余目)にUターン、米シスト庄内という農業生産法人で、営業を中心とした会社業務全般に取り組んでおります。


山形を代表する農家になりたい!は、もとより、山形を面白く生きる若者になりたいんや!と、心から思っております。なので、本業の農業や6次産業化のお話を今後は書ければと思うのですが、まずは一発目、庄内に生きる若者の一員として、日々の生活の中で感じることを今回は発表したい、です。

題して、『「なんもない庄内」と「なんでもある東京」は、スタンス次第じゃない?』論です!

僕が庄内にUターンした後、真っ先に感じたのは、「若者の遊び場がローテーション化している」ということです。 庄内にずっと住んでいる高校や中学の同級生と遊びに行く際の行動軌道は、ざっくり、下の図のようになります。

こんな感じで、庄内の若者のお休みパターンは多岐にわたります。 問題は、一人ひとり「パターンが固定化しつつある」ということです。

例えば、ラーメン屋さん。 お気に入りを見つけると、とにかくそこの店に行こうとする人が、東京に比べてすごく多いように感じます。同様に、ここに行ったらここに寄る、あそこに行ったらあれを食べる、などなど、複数のパターンがそれぞれの人の中にあって、それを回している印象を受けるのです。

そんな人達から、僕は何度もこんな言葉を聞いてきました。

「庄内なんもね~~~~~~(何にもない)」
「暇だ~~~~~~」 「仙台(東京の場合も多い)行ぎで~~~~~~」

――果たして、庄内にはなんもなくて、東京にはなんでもあるのでしょうか。
この疑問が頭に浮かんだ時、大学1年目、東京生まれ東京育ちの同級生とのこんな会話を思い出しました。

友人「これからどうする~?新宿でも出る?」
わたし「ルミネいまセールだったからルミネ行きたいっ」
友人「やだよ~~。ルミネなんか田舎者が行くとこだよ」
わたし「」

わたし「うそ~~~~~~~~~~~~~~ん。。。。」

もちろん、この友人がかなり特殊で繊細な美徳感覚を持っておっただけで、「東京生まれ東京育ちの人間も普通にルミネに行く」ことは、その後、明らかになります。が、この友人の一言がきっかけで、私はルミネ・PARCOの類の、一般若年層向けの商業施設に入るときに、未だになんとな~く後ろめたい気持ちになります。変わっていると思います。

この友人はその後も、路地裏の路地裏にあるような奇天烈な古着屋や雑貨店、一癖も二癖もある店主が迎える、商業ビルでのチェーン展開とは無縁の飲食店に僕を誘い続けました。結果、たかだか4年の東京暮らしの割には、結構人よりも色んな物を見れたんじゃないかな、と思えるような、東京生活を実現するに至りました。その行動源となる、「圧倒的な好奇心」「偉大なるノリの良さ」を育む一助に、確かにあの友人は、なっていたのでありました。

そこで、こんなことを思います。

例えば、山形。道を歩けば確かになんもない。田んぼしかない。
その点、東京。道を歩けばルミネがある。PARCOもある。
これって、山形で「なんもない」を感じていた人は、東京で駅前の商業施設に行動範囲がとどまる、ってことにはなりませんか?山形で「なんもない」を感じていた人は、東京で駅前の商業施設に入っていないような「路地裏の隠れた名店」には辿り着けないんじゃないだろうか。
スタンスの問題だと思うんです。
山形の可能性に気付けず、東京に出てしまった人は、(かつての私がそうだったように)表面上の「目立つ東京」しか遊べない。逆に、東京の面白さを深くまで知っている人は、山形県民が気付かないような山形の魅力を、サッと提示しちゃう。気づかなかった自分に、たまにヘコむ。

ヤマガタ未来ラボさんの活動も手伝って、庄内でも沢山のUターン、Iターンの方が、それぞれ独自のおもしろ活動を行っています。その方々の活躍の紹介は未来ラボのインタビューに譲るとして、その独自の着眼点や発想は、やっぱり「庄内なんもない」からは生まれないような気がします。

こんなこともありました。
「庄内の人は頭が硬くて、東京で大学の友人達と遊んでいる時のようなテンションで生活できないことにストレスを抱えている」友人がいました。 その子は、「昔の生活感を求めて」東京に再Uターンしていきました。その後、東京で新しく就職した仕事場でも同じようなことが起きて、結局「みんな頭が硬くてつまんない」らしいのです。

それを聞いて、「つまりは、年上の人と仲良くするスキルを持っていなかっただけじゃないの?」と、私は感じてしまいました。庄内何にもない、つまらん、のスタンスで東京に行っても、表面上の面白さしか得れず、腹の底まで東京と語り合うことは出来ないかもしれません。

だったら僕は、(かつて東京でそれを望んだように)なんとか骨の髄まで庄内を味わいたい。

今度の11月に、d design travelという、トラベル誌の山形号が発刊されます。
「47都道府県それぞれにある、その土地に長く続く「個性」「らしさ」を、デザイン的観点から選びだした観光雑誌」として、独自の審美眼をもつ本で、個人的にいつも旅のお供にして、参考にさせてもらっています。

そんな『山形号』の掲載店を決める取材の足取りを、Facebookで覗いていたのですが、編集長の空閑さんが訪れた店に、僕は驚愕しました。

その店は、「パーラー白糸の滝」です。

廃れて、魅力なんてあるわけない、と高をくくっていた国道47号線「白糸の滝ドライブイン」に、こんなお店があったなんて…!驚いた私は、すぐに足を伸ばし、その魅力に慄き、そして次の日、ドヤ顔で友人に勧めるに至りました。とさ。

たくさんの情報と、たくさんの人とのつながり。それを持って、日々ジワジワと眼球を締め付けてくる色眼鏡を外せば、きっと山形は楽しくなります。

「自分の街を楽しむ」スタンスで、これからも山形を楽しんでいきます。

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佐藤優人

ライター情報

佐藤 優人

鶴岡南高校卒業後、早稲田大学文学部中退。流浪の東京生活の果てに地元庄内町に帰還。現在有限会社米シスト庄内にてお米の生産に励みつつ、「かり...