やまらぼインターン生の長谷川です。

自分に合った仕事を模索している中で、様々な経歴の方たちのお話を聞くことで、何かキャリアのヒントになればと思いインターンに参加しています。

今回は個人や企業向けにコーチングを行っている塩野さんに今までのご経験を伺いました。

 

今回の山形で働く人

塩野貴美さん

グランドスタッフとして3年間勤務後、「もっと自分に合う仕事がある」と思い、バルーンデコレーター・事務職など9つの仕事を経験する。

その後、偶然「コーチング」に出会い興味を持つが様々なストレスが重なりパニック障害に。30歳の時にコーチングを本格的に学び始め、仲間の言葉をきっかけに研修講師の道に進むことを決意。2009年、山形県初の女性コーチとなる。

「こころカード」の開発や、自身のパニック障害の経験をもとにした講演を各地で開催。

HP:https://presenttime.jp.net/

 

自分がわからないから、転職を繰り返した過去

長谷川:最初はグランドスタッフとして働いていたんですね。3年間の中で、どのタイミングでこの仕事は合わないと感じたんですか?

 

塩野さん(以下、塩野):そもそも就職氷河期の時代に就職活動をしていて、就職が厳しかったんですよね。

それで、親のコネで入った会社だったので自分から望んで入社した会社ではなかったんです。

旅行会社に入社したんですが、その会社が業務委託していた航空部に配属されてグランドスタッフの仕事にたまたま就くことになりましたが、『接客業って合わないな』って思いましたね。

気遣いが求められるところだったり、人の顔と名前を覚えるのがすごく苦手だったし。私には違うなって思いました。

それで、たまたま見つけたバルーンデコレーターの仕事が楽しそうだなと思って転職することにしたんです。

 

 

長谷川:合わないな、と思いつつ3年間も長く働いていらっしゃいますよね。

塩野:我慢していたのと、「石の上にも3年」という言葉を刷り込まれていて3年間はやらないとな、と思い込んでいましたね。

20歳で就職したので、23歳の時にTVでバルーンデコレーターの仕事をたまたま見かけて、HPを調べて。当時バルーンデコレーターの仕事は東京にしかなかったんですよ。

東京に対する憧れもあったので、それを機に東京に出てきました。

 

長谷川:東京では、どんな仕事をしていたんですか?

塩野:その当時、就職氷河期だったこともあって、正社員の職がなかったんです。いろいろ探したんですけど結局あったのが土日にイベントがあるときのバイトでした。

ほとんど派遣で仕事していることの方が長かったですね。

 

長谷川:派遣のお仕事はどんなことをしていたんですか?

塩野:事務もしましたし、航空会社関連のチケット販売、その後山形に帰ってきて総合運動公園での受付とHPを作る仕事、その次が地方紙で働いたり

 

長谷川:すごくいろんなお仕事をされていますね!これは意図して仕事を選んでいた、という感じだったんですか?

塩野:いえ、契約が切られたりとか、契約満了とかそういう感じでしたね。

 

長谷川:振り返ってみて、「もっとこういうことをすればよかったなあ」って思うことなどありますか?

塩野:自分を知ること。

自分がなんだか分からないから、転職を繰り返したな、と今だったら思います。

自分が何が好きで、何が得意かをきちんと見極めてなかったな、って。

当時、価値観の上位が「収入が高い」。プライドが高かったんです。

だから自分が何が好きか、とかだいぶないがしろにしてたので自分を知るってことをきちんとすれば、こんなに転職しなくてよかったとは思います。

 

長谷川:自分を知ること大事なのは分かるのですが結構難しいですよね。自分だけだといまいちわからなかったりとか。

塩野:そうですね。だからいろんな勉強会行ったり

25歳の時にパニック障害になったので、私の場合はそこから自分をきちんと見つめるようになりました。

 

長谷川:そうだったんですね。パニック障害になったときは、どんな背景があったか聞いてもいいですか。

仕事しすぎて過労だったり、ほかにも色々ストレスが重なって、ある日駅で動けなくなりました。東京でしばらく療養していたんですが、外が怖くて、ごみ出しにも行けなくて。生活にならないと思って東京から実家の山形に帰りました。

 

長谷川:今になってパニック障害になった時の経験が活きているなと思う場面ってありますか?

塩野:それまではプライドが高いけどすごく自分に自信がなかったのでいろんな人にいい顔をしていたんです。そうするとやっぱり疲れる。

だからパニック障害になってからは、誰にでもいい顔するのは辞めました。

自分と向き合うきっかけになったし、今の仕事にもこの時の経験が活きているな、と思います。

 

長谷川:ありがとうございます。最後に、もし今、自分探しをしている、模索している人に対してメッセージを伝えるとしたらなんて言いますか?

塩野:いろんな経験をした方がいいと思います。

あとは、考え方として「これは何のチャンスだろう?」と考える。

嫌なこととか辛いことってたくさんあると思うんだけど、そこで「嫌だな」「辛いな」だけだと何も始まらない。

でも「これは何のチャンスだろう」と考えると、何かが始まるきっかけになると思います。そして自分の中にある答えを大切にしてほしいと思います。

 

長谷川:確かにその時は辛くてもあとから振り返って「あの時の経験があってよかった」と思うこともありますよね。

私も今は正直焦りや辛い気持ちの方が強いですが、「これは何のチャンスだろう」と考えて乗り越えていきたいと思いました。

本日は長い時間ありがとうございました!!

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この記事を書いた人

未来ラボ研究員

モヤモヤしながらも、山形と関わる自分のこれからを考え、模索し行動する人々。

「山形県の地域と自分の関係性を深めていく」プログラムに参加...

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