庄内に来る前は、丸の内の大企業に入社し保険の営業をしていた佐野陽子さん。は、1冊の本との出会いに大きな影響を受け、庄内地方にいわゆるIターンした。

 

 

大企業での仕事がおもしろくなくなった。

「そもそも私の中で高校生ぐらいの時から、いい大学を出て、いい会社に就職しなきゃいけないって思っていたんです。」しかし、いざ仕事をすると「これでいいのか?」と思うようになった。大企業の枠にはまってしまい、おもしろくないと感じるようになった。

自分のやりたいことが見つからなかったが、生活をする為に働いていた。それでも「なんとなく、30歳までには自分が納得しているような人生を送りたい」と思っていた。どこに進めばいいかわからず悩みながら、「自分の好きなことはなんだろ?」と考えていた時、大学の先輩の影響でワインの勉強をした。

これだ!!

フランスに留学しワイナリーでの経験を積み、ワイン関係の仕事に就きたいと考え、その為に退職届も出した。しかしなぜか、しっくりこなかった。

「今思えば、ワインは自分の国のものじゃないからだったかな。」と、当時の自分を振り返りかえった。そんな中、偶然出会った庄内人と一冊の本。

 

「庄内パラディーゾ」という本との出会い

すごく感動した。その一言だった。そこには庄内の作物を繋いでいく人や文化の姿があった。その一冊の本の中での庄内の人と文化の出遇いによって、海外に行くために退職したはずの佐野さんが、庄内に来た。

庄内で働いてみて、仕事のスピードがゆったりなことに驚いたそうだ。東京の仕事の感覚は、時間に追われているが、そういったものがない。庄内の風土が、昔の自分がいかにピリピリとした環境での仕事だったかを気づかせてくれた。

そして庄内での生活を通して初めて、「今までは、家を出て自立することが社会のため、自分のためだと思っていたのですが、一方で両親に教わることがたくさんあるんじゃないか」と気づかされましたという。

そこで気付いたのは、外ばかりを見て自分の足元を見ていない自分自身だったのだろう。自分の足元に生きる人間を大切にすることから、自分の生きる道は作られるのだ。

―県外から庄内に来ると、人間関係を築くのって難しいと思うんですけど。

「人に恵まれましたね。知り合いは全くいなかったんですけど、おもしろそうなイベントに積極的に参加したりしたことが、大きな第一歩だったと思います。」

 

佐野さんは、「やまがた在来作物案内人」や「鶴岡食文化女性リポーター」を務めるなど、言葉通り庄内に根差した生き方を歩んでいる。

 

A favorite of Shonai

自分で畑もされている佐野さんは、5畝ほどの畑に約40種類ぐらいの作物を育てている。仕事もしながら畑をするのって大変じゃないですか?と聞くと、「土いじりって楽しいし、好きなんですよ。今まで全く経験無いですけど(笑)」との答えが返ってきた。

庄内の豊かな食文化は、農産物、水産物、畜産物など多くの作物が獲れる豊富な土壌に支えられている。最近佐野さんは、スーパーにある遠距離から運ばれてくる野菜類を見て、 「大がかりな物流を作り上げてまでも食べる必要があるのか。」と疑問に思うことがあるそうだ。

この庄内は所得が低いけれども、だからこそ自分達で作物を育て、知恵を出し工夫し生きていく。そういう風土がここにはある。その証拠として、「生きた文化財」といわれる在来作物が多く継承されているのだ。

お金に支配されていないような感じ

庄内ってどんなところが良いと思いますか?と聞いてみると、

「すごい良いところだと思うですよね。お金に支配されてないような感じが。庄内は。そこが好きですね。すごく。」とのこと。

―これからやってみたい事などはありますか。

「色んな楽しいイベントをやっていきたい。こっちにきて楽しんでる姿。自然に自分が楽しんでる姿。神奈川や会社の友達などにとっては、見たことない世界だと思う。そういうのをみせていくことによって、変な奴だけどこんな人生もあるんだな、なんだか愉しそうだな、と思ってもらえたら嬉しいです。今、都会では幸せの価値観や、お金の価値観が揺らいでいると思います。そういう人たちの、ひとつの希望となればいいなぁなんて思っています。」

 

都会にいると色んな物が欲しくなる。あれも欲しい!これも欲しい!もっと欲しい!!その欲求は、永遠に外へと向かって叫ばれる。しかし地方は、「なんにもないから、ま、いっか!」と大体こうなる。だからこそ自分達の内なる欲求に耳を傾け、その中で楽しめることを探すのだ。僕は佐野さんの姿を通して、地方を存分に楽しみ、自分で納得した人生を生きていると感じた。そしてそれは「人」との出遇いから始まったのだ。

Profile

佐野陽子さん

出身 神奈川県
生年月日 1983年9月28日

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